東日本大震災:岩手・釜石の幼稚園、園長ら4教諭が死亡・不明 懸命に卒園式準備

◇がれき中にアルバム 「なんとか届けたい」

 東日本大震災で津波にのまれた岩手県釜石市立鵜住居(うのすまい)幼稚園は、園児を守ろうとした及川牧子園長(56)や教諭計5人のうち4人が死亡・行方不明になった。卒園式に向けアルバムを作成中だった先生たち。「なんとか園児たちに届けたい」。被害の少なかった幼稚園の教諭たちが集まり、がれきの中から泥だらけの卒園アルバムを見つけ出した。1カ月遅れで開く卒園式で手渡すつもりだ。

 海岸から約1・5キロの鵜住居幼稚園は、約60人の園児が通っていた。震災時は大半の園児は帰宅し、及川園長、教諭の小沢葉子さん(52)、山崎伴子さん(56)、臨時教諭の片桐理香子さん(31)、疋田菜津子さん(26)と園児4人がいた。

 地響きの後、激しい揺れが園舎を襲った。教諭らは園児を連れ園庭に避難。間もなく園児2人は迎えに来た保護者に引き取られ、教諭4人は残りの園児2人と近くの防災センターに走った。及川園長は安否確認の連絡をとるため園舎に戻った。

 センターに着くと、既に住民が数人避難していた。山崎さんが窓の外を見ると、津波が見えた。「ここは絶対安全だから」。山崎さんが園児に声をかけて抱き寄せた瞬間、冷たい海水が足元から一気に部屋に広がった。

 天井近くまで押し上げられた山崎さんは、わずかな隙間(すきま)で呼吸して耐えた。園児2人は住民が肩車して守ってくれた。他の同僚の姿はなかった。

 しばらくして、及川園長、小沢さん、片桐さんの遺体が見つかった。園長は携帯電話と緊急連絡網の紙を握りしめていた。疋田さんは行方不明。帰宅していた園児らのうち2人が死亡、1人が行方不明になっている。

 震災前、園では保護者から園児の写真を提供してもらい、教諭らがメッセージを書き込んだ卒園アルバムを作成中だった。被害の少なかった他の幼稚園の教諭たち5?6人が、マスクと手袋、長靴姿で何日もアルバムを捜し続けた。数人分が見つかり、はけで丁寧に泥を落とした。

 3月17日の予定だった卒園式は4月16日に開かれる。アルバム捜しに協力した市立小川幼稚園の佐藤チヨ園長(57)は「卒園式を計画したのは、亡くなった先生たちの願いだと思ったから。絶対に成功させたい」と語る。山崎さんは「アルバム捜しに協力できなかった。卒園式には出席し、同僚たちの思いを伝えたい」と話している。【出典:毎日新聞】

なんともやり切れない

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