もう一度の始まりの年・その2

 年一年を振り返ってみる。
 私にとっては、「不安」の一年だった。
 年明け早々、家族全員が風邪にかかり寝込んでしまった。
 かぜ薬を飲み、安静にしていたが、数日後、虫垂炎で父が緊急入院。
 すでに盲腸は壊死しており、もう少し発見が遅れたら命が危険だった。
 母も私も、まだ風邪が快復していない中で、父の看病を余儀なくされた。
 このとき、これまで以上に身体的にも、精神的にも、とてもキツかった。
 数週間後、無事に父が退院し、母も、私も、自身の風邪と父の看病から解放
された。

 それも束の間だった。
 今度は、父と母の「老い」と向き合うことになる。
 私自身、それなりに覚悟が出来ていたが、いざ現実になると、やはり右往左
往してしまう。
 右往左往しているうちはいいのだが、一向に状況が進展しないことが続くと、
私自身、無力感に苛まれていく。
 「もし、私が、もっとしっかりとしていれば…」
 そして、行き着くところは、決まってこうだ。
 「もし、私が、障害者でなかったら…」
 いまさら問うべきことではないはずなのに、こうして、私は、私なりの言い
訳を探している。
 いい歳をして、本当に情けない話だ。

 正直、私自身のことだけでも手に余っている。
 その中で、父と母の「老い」と向き合う日々は、つい弱音も吐きたくなる。
 分かっていても、失敗を続ける父や母に、より厳しい言葉をぶつけてしまう
ときもある。
 自己嫌悪の無限ループから、なかなか抜け出せなくなる。
 近い将来、私自身の「老い」とも向き合っていかなければならない。
 思うようにならない現実に、自分勝手に苛立っている場合ではない。

 待ったなしの中で、いまできること。
 限られた時間の中で、スムーズに福祉サービスへ移行できるようにと模索し
ている。
 地域包括支援センターの方とも、他の方々ともつながりを持ちつつある。
 手探りの中で気持ちばかり焦るが、確実に築いていくしかない。

 父の「老い」。母の「老い」。そして、私自身の「障害と老い」。
 幸いにも、私自身の場合、障害=老いと考えれば、障害者としての経験値か
ら、何とかやり過ごせるかも知れない。
 ただ、父と母は違うし、私自身のこととも違う。
 どれだけ、真摯に向き合っていけるのだろう。
 どけだけ、ありのままを受け入れることができるのだろう。
 どけだけ。。。
 いまから身構えても仕方がない。どうなるのかも分からない。
 長い、長い、長期戦になる。

 「老い(障害)」と向き合う。
 そう。。。
 今年は、もう一度の始まりの一年なのだ。

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