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認知症を支える:シリーズ介護・第3部

◇家族が異変に気づいたとき 早期治療へ、相談体制の強化急務

 認知症が身近な病気になってきた。5年後には250万人を超えるとみられ、国は「早期発見、早期受診」を掲げ対策に本腰を入れ始めた。だが医療や介護の現場では、患者・家族への支えは今なお脆弱(ぜいじゃく)だ。受診、診断、告知、支援……。「もしかしたら」と気づいてから直面するさまざまな課題に迫った。

 「まるでゴミ屋敷じゃないか」

 東京都内に住む自営業、田中誠さん(61)=仮名=は今春、母(85)が暮らす関東近県の実家を訪ね、ぼうぜんとした。テレビのニュースで見た、片づけのできない高齢者の映像を現実に突きつけられたようだった。

 約20年前に父が亡くなり、母は1人暮らし。田中さんは自分の家族との生活や仕事に追われ、帰省は数年に1度になっていた。ところが昨夏、親類から「お母さんが法事に来なかった」と連絡があった。母に電話すると「道に迷っただけ」と言い訳した。認知症が始まったと直感した。

 母はきれい好きで花や草木が好きだったが、木造一軒家の花壇は荒れ、室内では古新聞が山を成していた。でも母自身に変わった様子は見あたらず、体の調子を尋ねると「元気よ。忙しくあちこち出かけているものだから、掃除だけが手が回らなくて」。

 田中さんは迷った。「できれば早く医師に診てもらいたいが、風邪一つひいたことがない。無理には勧められない」。とりあえず部屋の掃除をするという理由で毎月訪ね、様子を観察した。

 「どこに相談したらよいのでしょう」。田中さんからのメールが毎日新聞に届き、記者は地域包括支援センターを紹介した。医療、介護、福祉の専門家が連携する高齢者のよろず相談所で、さまざまな支援やサービスにつなぐ地域の拠点だ。

 早速、田中さんはセンターに電話した。担当者に「かかりつけ医はいますか?」と聞かれ、「いない」と答えると、市の介護保険課を紹介された。そこに電話をすると、職員は「ヘルパーの派遣などを受けるためにも、要介護認定を受けてください。医師の診断が必要です」。窓口に出向き母が病院を嫌がると説明し「どうすればいいのか」と詰め寄ったが「ここではどうにもできない」と突き放された。

 「がっかりした。相談窓口というのだから、もっと踏み込んでかかわり、母を説得してくれるのかと期待したのに」。このまま母の症状が急に進んだら。火の不始末を起こしたら……。田中さんの不安は募るばかりだ。

    ◇

 地域包括支援センターは06年の介護保険法改正で創設された。同時にできた介護予防サービスのケアプラン作成にくわえ、高齢者虐待防止や権利擁護など、高齢者にかかわる幅広い役割を担う。訪問活動などを通じて独居高齢者の認知症を発見し、医療や介護につなげることも期待されている。しかし介護予防プランの作成に追われ、相談に十分対応できないセンターも多い。

 一方、センターの介入で初診に結びついた例もある。

 静岡県富士宮市。今年1月末、市外の女性から「母親が私が物を盗んでいると疑っている」と市の包括センターに相談電話があった。母親は1人暮らしの74歳という。

 人口12万6000人の富士宮市には1カ所の包括センターと、その支所にあたる7カ所の地域型支援センターがある。「包括」に相談があると、最寄りの「地域」に連絡し、そこからスタッフを訪問させたりしている。

 女性の相談を受けた包括センターは地域センター相談員の松久ルミ子さん(47)に連絡した。松久さんらがすぐに母親宅への訪問を始め、女性とも連絡を取り合った。認知症の自覚がない母親は訪問をいぶかった。そこで母親が顔見知りである地区の民生委員も巻き込み「検査に行きましょう」と粘り強く説得。8月末にようやく受診した母親はアルツハイマー型認知症で、既に中期と診断された。

 高齢者施策に重点を置く富士宮市では、制度が始まった06年度の後半から予防プラン作成を担う臨時職員を雇い、主任ケアマネジャーが相談業務に専念しやすい体制を整えた。松久さんは「『もう無理』という家族の相談はSOS。最悪の事態も起こり得るからこそ、必ず訪問して様子を見るようにしている」と話す。

 早期発見の重要なカギを握る包括センター。だがその力量には地域ごとの差が大きいのが現状だ。

 ◇初診まで「半年以上」が4割

 症状に気づいてから受診するまでにどのくらいかかっているのか。毎日新聞は7?8月、認知症の人と家族の会の支部などを通じて患者の家族にアンケートしたところ、「半年以上」という人が4割に上った(回答者186人)。

 「1カ月以内」は28・3%、「1カ月以上から半年以内」は30・6%で約6割は半年以内に受診したが、「3年以上」も9・2%いた。受診まで1カ月以上かかった人にその理由を聞いたところ「まだ大丈夫と思っていた」など、家族の決心がつかなかったことや、「本人が病院へ行くのを嫌がった」がそれぞれ3割近くを占めた。異変に気づいた際に受診した診療科は、もの忘れ外来や精神科だけでなく、脳外科、心療内科などさまざま。最初の病院で認知症と診断されなかった人も約4割に上った。

 また、認知症であることを本人に告知しているかどうかについては「告知している」と「していない」がほぼ半々だった。

 ◇受診はしたものの 治療遅れ症状進行「病院選び、誤った」

 周囲が異変に気づいて本人がようやく受診しても、医師が認知症の兆候を見落とす例もある。診断の遅れはその後の患者と家族の暮らしを大きく左右しかねない。

 「今も思うんです。最初から、ちゃんと診断してくれる医者に連れていかなかった自分が悪かったのかと……」。大阪府茨木市の男性(61)はそう悔やむ。

 妻(71)の様子がおかしいと気づいたのは05年。男性がまだサービス業の支店長として忙しい日々を送っていたころだ。シャンプーを買ってきてと何度頼んでも、リンスを買ってくる。炊飯器を空だきして壊す。「隣の人が家をのぞいている」とも訴え始めた。

 脳に異変があるのではないかと、近所の脳外科を受診させた。脳の画像を撮影した後、院長は「まったく異常なし。年をとれば誰でも物忘れがあるもの」。ほっとした男性は仕事に追われる日々に戻ったが、妻の様子は変わらなかった。

 半年以上たったある日、通勤途中に別の病院の看板を見つけた。「もう一度みてもらったほうがいいのではないか」。妻を連れていくと、すぐに「アルツハイマー型認知症です。かなり進んでいます」と診断された。

 男性は昨年、仕事を辞めた。妻は夜中に起きて台所で用を足すようになっていたからだ。介護に専念しようとヘルパーの資格を取った。食事やトイレ介助もしていたが、半年もたたないうちに肩が上がらなくなり、高血圧で体を壊した。

 妻の病状はこの半年間で一気に進み、今は要介護3と判定されている。もう自分が夫であることも分からなくなってしまった。

 「もっと早く認知症と診断されていれば、適切な治療やケアを受けて進行を遅らせることができたのではないか」

     ◇

 認知症の早期発見には、患者を日ごろから知るかかりつけ医の役割が期待されている。兆候を見つけて専門医につなぐ。その連携が重要だ。

 年間約80人の初診患者が来る京都府立医大付属病院精神神経科では、そのうち約7割が地域のかかりつけ医からの紹介だ。国はかかりつけ医に専門外の認知症の理解を深めてもらう研修を続けており、講師を務める同院の成本迅医師(38)は「認知症は日常生活が送れなくなる病気なので、一緒に生活している家族が気づきやすい」と、家族の訴えに耳を傾ける大切さを説いている。

 しかしベテランの医師ほど「家族に何が分かるのか。医者の言うことを聞いていればいい」という考えが強いという。

     ◇

 関西地方に住む女性(45)が離れて暮らす母から「お父さんがおかしい」と助け舟を求められたのは、昨年8月のことだった。75歳の父は母のことを「おまえ、ホームレスと浮気しているだろう」と執拗(しつよう)に責め立てるという。嫉妬(しっと)妄想による暴言だった。

 父は高血圧や糖尿病で、20年以上前から近所にあるかかりつけの内科に通っていた。母によると、3年ほど前から診察で「体の中から線虫が出てくる」「悪者が家を狙っている」と訴えたが、医師はうつを抑える薬を処方して「虫が出るならつかまえてきてほしい」と言うだけ。父は枕元に薬の空き瓶を何本も置いて虫をつかまえようとし、母はただ気味悪がるばかりだった。

 「何とかして」と母に頼まれ、女性が通院に付き添うようになった。脳の検査を頼むと、医師は不思議そうに「では念のため検査しましょう」。紹介された大学病院で脳の画像診断を受け、脳外科医に精神科の受診を勧められた。そこで最終的に脳血管性認知症と診断された。今年1月だった。

 「子育てに追われ、親はまだしっかりしているとばかり思っていた。プライドの高い父はかかりつけ医の前で異変を見せまいとしたのかもしれないが、『線虫が出る』と訴えた時点でなぜおかしいと思ってくれなかったのか」

 母が異変に気づいてから診断まで3年。女性は今も不信感が消えない。

 ◇診断に疑問あれば精神科、神経内科へ

 様子がおかしいなと思ったら、どこを受診すればいいのか。

 日本老年精神医学会理事の繁田雅弘・首都大学東京健康福祉学部学部長は「まずはかかりつけ医に相談を」と話す。厚生労働省が実施している「かかりつけ医認知症対応力向上研修」は昨年度までに2万人以上が受講し、修了者名を公表している自治体もある。

 そこで納得がいかなかったら、専門医を紹介してもらおう。専門医がいるのは精神科、神経内科、老年内科、脳神経外科など。受診しやすいよう「もの忘れ外来」を掲げる医療機関もある。診断結果に疑問があれば、別の病院を受診することも大切だ。

 最近は認知症の診断ができる医療機関がインターネットで公表されている。認知症介護研究・研修東京センターの本間昭センター長などが監修する「認知症を知るホームページe‐65.net(イーローゴ・ネット)」ではアルツハイマー病研究会会員の医療機関や、日本老年精神医学会が認定する「こころと認知症を診断できる病院」、都道府県の地区医師会などで公表している相談医療機関が検索できる。

 ◇働き盛りでの発症 「治療の出発点」納得いく説明必要

 医療や介護のスタートラインとなる告知だが、医師の配慮を欠いた言動で心に深い傷を負う人も少なくない。

 焼きそばでB級グルメブームを巻き起こした静岡県富士宮市。「ここは鉄板の上で焼いて食べる店ですよ」。佐野光孝さん(61)は観光ボランティアとして活動する。「営業職だったから、人と接するのは楽しい」と笑う。

 佐野さんは07年夏、58歳で若年認知症と診断された。計算を間違える。日付が分からない。兆候に気づいた上司が受診を勧め「うつ病」と診断された。上司は同じ医師の元に佐野さんを連れて行き、職場での様子を説明した。医師は後日、妻の明美さん(57)だけ来院させるよう言った。

 「だんなさんは初期のアルツハイマー病です」。明美さんはぼうぜんとした。「うつ病じゃなかったの? 働けなくなったら、どうやって生活すればいいの? 家のローンは……」。さまざまな感情に押しつぶされそうになったが、医師が付け加えたのは「車の運転はやめるように」の一言だけ。薬を受け取るころには涙が止まらなくなり、後のことはよく覚えていない。

 本人への告知は明美さんの肩にのしかかった。晩酌する夫の隣に座り、心を落ち着かせて切り出した。「うつでなく、アルツハイマー病なんだって」

 佐野さんは「違う」と言った。物忘れがひどくなると説明されても、納得できない。妻が泣き出しても受け入れられず、次第に語気が強くなった。「体は健康だし、車も運転している。どうして僕が病気なんだ!」

 それから2人はふさぎ込んだ毎日を送るようになった。佐野さんはテレビで認知症のことが放映されていると、目を背けた。そして1カ月後、親族の勧めで別の病院を受診した。診断は同じだったが、医師は「希望を持つために、今の生活を保ちましょう」とアドバイスしてくれた。

 ようやく道しるべを見つけ、佐野さんは定年までの1年間を休職し、今はリハビリやボランティア中心の生活を送る。「進行したら」という不安もあるが、医師の言葉を信じ、症状は安定している。

 ただ、最初の告知には割り切れなさが残る。「なぜ僕に告げてくれなかったのか」

   ◇

 大阪府枚方市の会社員、外山努さん(59)の朝は忙しい。「要介護5」で寝たきりの妻(60)に朝食をとらせ、自分の身支度を済ませる。最後はメーク。「妻がきれいになるのはうれしいし、本人も優しい表情になる」。妻は53歳でアルツハイマー型認知症と診断された。

 今でこそ妻の病に向き合うが、告知のことは忘れられない。診察後、妻を別室に移して医師と向かい合った。

 「ちょっときついけど、奥さんアルツハイマー病と違うかな」

 「治らんのですか」

 「治らんな」

 仕事一辺倒で、家のことはずっと妻に任せきり。無言でうつむく外山さんに、医師からは病気の詳しい説明もなかった。

 同居の義母の耳に入らぬよう、外山さんは洗面所で歯を磨く妻の耳元でささやいた。「先生、アルツハイマー病だと」。言葉にしたら、涙があふれた。妻も泣いたが、翌朝にはすべてを忘れていた。

 「告知の時こそ、家族や患者は医師にすがりたい。もっと心情を考えてほしかった」。外山さんは言葉のきつい医師からまた何を言われるか怖くなり、病院を変えた。

   ◇

 治療には患者、家族、医師の信頼関係が欠かせない。告知のあり方はその後の治療やケアをも左右する。

 国内初の若年性アルツハイマー病専門外来を開設した順天堂大医学部教授の新井平伊医師(56)は「自分自身で生活の中の異変を感じ始めた患者は、たとえつらい結果でも、病気が原因だと納得することで治療に前向きになれる」と話す。特にまだ子どもが独立していない若年の患者には、家族の人生設計をやり直すためにも告知が必要という。

 方法は医師それぞれだが、新井医師は患者と家族が同席した場で告げている。「楽しく生きることが脳を活性化させ、病の進行を抑える。不安になることばかり言って介護する家族が暗い気持ちになると、患者にも影響を与えてしまう」

 ◇福祉サービスや施設、不足

 厚生労働省の調査によると、18?64歳の若年認知症は約3万7800人。認知度は高まってきたものの、若年認知症家族会・彩星(ほし)の会の干場功代表(70)は「うつと診断され、うつ病の治療を2?3年続けることもある。若年に診断できる病院が少ない」と指摘する。

 特に働き盛りの40?50代で発症すると、住宅ローンや家賃、教育費などの経済的負担が深刻な課題となる。しかし、初診から1年半過ぎないと障害認定されず、障害年金も受給できない。干場代表は「受け入れてくれる施設や福祉サービスも少ない」と、幅広い受け皿の整備を訴える。

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 ■若年認知症の主な相談先

【札幌】北海道若年認知症の人と家族の会(電話090・8270・2010、相談は毎週木曜10?15時)

【東京】若年認知症家族会・彩星の会(電話03・5919・4185)

【奈良】朱雀の会・若年認知症家族会(電話0742・53・8665、ファクス兼用)

【大阪】若年認知症支援の会・愛都(アート)の会(電話06・6972・6491)

【香川】若年認知症家族会・りぼんの会(電話0875・72・5121、三豊市立西香川病院内)

 ◇さまざまな原因疾患 介護者のブログに類似症状「これだ!」

 「本当にこれで決まりですか?」と尋ねると、医師は「分かりません」と答えた。自信なさげに見えた。

 大阪府内の女性(40)は5月、母親(73)の受診に付き添った。告げられた病名は認知症の一つ「大脳皮質基底核変性症」。2年半で五つめの病名になる。

 母は最初は「うつ病」と診断されていたが、07年3月に大きな病院に移り、脳に髄液がたまる「水頭症」の疑いがあると診断された。医師はその2カ月後に「認知症ではなく脳梗塞(こうそく)」と修正した。だが今年2月、女性が税関係の書類をそろえるために取り寄せた診断書には「脳血管性認知症」と書かれていた。

 「病名とともに薬も変わる。何を治療しているんだろうか」。女性は診断へのもどかしさを訴える。

   ◇

 一口に認知症といっても、原因となる疾患は約70種類あるとされている。アルツハイマー、脳血管性認知症と並び、3大認知症ともいわれるようになった「レビー小体型認知症」。幻視や体のこわばりなどが表れやすいといわれるが、診断できる医師が増えてきたのはここ数年のことだ。

 「これだ!」。東京都内の女性(49)がインターネットで検索した介護者のブログに「びまん性レビー小体病」という病名を見つけたのは4年前のことだった。84歳の父親はそれまで脳血管性の認知症とパーキンソン病の両方の症状がみられると診断されていた。医師に「父はレビーではありませんか」と尋ねてみたが「よくわからない」という。

 ネット上にはレビー特有の症状である睡眠障害、起立性低血圧(立ちくらみなど)や薬物過敏への対応法なども書かれていた。日々変わる症状に不安が募ったが、自らの介護体験を発信する人たちからは医師やケアマネジャー以上に学ぶことも多かった。「レビーだったらこんなケア、ということが知りたかった」

 女性はその後、ブログで発信していた人たちと情報交換するようになり、07年2月に7人で初顔合わせ。今年1月「レビー小体型認知症介護家族 東京おしゃべり会」(加畑裕美子代表)ができた。介護のコツ、医師とのかかわり方、施設のことなど、話題は尽きない。

   ◇

 廊下に山田和子さん(55)のスリッパの音が響く。お気に入りのフレーズを繰り返しながら、廊下を何度も行き来する。

 岡山県笠岡市。山あいにピック病専門のグループホーム「ラーゴム」がある。ピック病も認知症の一種で、人格の変化や自制力の低下が表れる。このため周囲とトラブルになりやすく、受け入れを拒む介護施設も少なくない。山田さんも無銭飲食で警察に通報されたり、奇声をあげるなどの行動が重なり、今年7月に入所してきた。

 利用者9人に対し、職員7人がローテーションで24時間対応する。運営する認知症専門病院「きのこエスポアール病院」の佐々木健院長(61)は「病院開設から25年間に多くのピック病患者が入院したが、今の医学では治療できなかった。違うアプローチはないかと考えた」と話す。

 ピック病には一般的に、激しい行動を抑圧しようと向精神薬や睡眠剤など複数の薬が使用されるが、ラーゴムでは逆に薬を徐々に減らしていく。活動が激しくなり、職員が対応に苦慮することもあるが、しばらくすると落ち着いてくるという。

 認知症はここ数年で診断法が進み、疾患に合ったケアや医療を期待する患者・家族が増えている。多様化するニーズに十分応えられるような専門性が求められている。

 ◇確定診断、難しい例も 本人の状態把握を

 それぞれの疾患には特徴があるものの、脳の状態を画像診断や行動から完全に把握するのは難しい。福井県立すこやかシルバー病院の高橋正彦・精神科診療部長は「認知症の診断は発展途上の段階」としたうえで「典型的な患者もいるが、どの疾患基準にもうまく該当しない例は少なくない」と話す。

 こうした場合、高橋医師は本人と家族に「途中で診断が変わるかもしれない」と伝え、その理由を詳しく説明するという。「疾患名を知ることは今後どんな症状が出るかを予測するために重要だが、ケアをする上では本人の性格や生活史、環境なども同じくらい大事。本人の状態をよく知り、医師とのコミュニケーションを密にすることが必要だ」と話す。

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 ■認知症の原因となる主な疾患と診断名

脳の変性疾患      →アルツハイマー病、ピック病、レビー小体症、ハンチントン舞踏病

脳血管障害       →脳出血、脳梗塞

ホルモン異常・肝障害など→甲状腺機能低下症、肝性脳症、透析脳症、低酸素症

中毒          →アルコール中毒、各種薬物や金属・有機化合物の中毒

感染症         →クロイツフェルト・ヤコブ病、各種脳炎や髄膜炎、エイズ

がん          →脳腫瘍(しゅよう)

頭部外傷        →頭部外傷後遺症、慢性硬膜下血腫

その他         →水頭症、多発性硬化症、べーチェット病など

 *長谷川和夫氏監修「認知症 家族はどうしたらよいか」参照

 ◇医療との連携 薬、接し方で症状変化…専門性重要に

 アルツハイマー型などの認知症は治癒が困難なゆえに、症状の進行を遅らせ、穏やかに暮らすことが本人にも家族にも重要だ。そのためには医療と介護の連携が欠かせない。

 「治療に限界があっても、医師にはもっと具体的な対応を示してほしかった」。大阪府の女性(52)は母親(80)が5年前に認知症と診断された。今後症状がどうなっていくのかが不安で尋ねたが、医師は「人によってさまざま」と言って薬を出すだけで、本人への接し方も介護保険についての説明もなかった。

 その後、女性は近所の人に相談して介護保険サービスの申請の仕方を知った。書店で本を買ってどうケアすればいいかを学び、インターネットで「認知症の人と家族の会」(本部・京都市)を知った。

 同会の高見国生代表理事は「連携がうまくいかない原因は医療側にある。医師はこれまで病気だけをみてきたが、認知症は生活にも大きな支障が出るため、患者だけでなく家族のフォローもしなければならない」と話す。薬の加減、接し方一つで症状が和らいだり悪化したりもする。専門家が患者と家族に総合的にかかわることへの期待が高まっている。

     ◇

 京都市左京区の精神科医院「北山通ソウクリニック」には、重度で専門医療が必要な高齢者向けのデイケアが併設されている。80歳代の女性はアルツハイマー型認知症と診断されて約3年半。「要介護3」だが、週5回ここに通いながら1人暮らしを続けている。

 女性は近くに住む長女に「お金を取られた」という妄想を繰り返し訴え、心配した長女に連れられ外来を受診、デイケアに通うことになった。スタッフが常に利用者のそばで話しかけ、不安や不満、悲しみを否定せずにじっくりと耳を傾けると、約10カ月後には妄想が消えた。「妄想という形でしか表現できない感情がある」と、クリニックの宋仁浩(ソウインノ)院長(48)。

 精神科の病院に併設されているため、医師がデイケアのスタッフ、家族と日常的に連携をとり、患者の状態を把握できる。宋院長は「医師の役割は本人と家族への症状の説明、そしてスタッフとともに対処法を考えること」と話す。

     ◇

 介護と医療がさまざまなデータを共有しているところもある。

 「問題点はなに?」「睡眠障害。昼夜逆転がみられます」

 横浜市青葉区の横浜福祉研究所。併設のグループホームに1カ月前に入所したアルツハイマー型認知症の男性(90歳、要介護1)のケアプランを決めるため、看護師、栄養士、ケアマネジャーらと羽田野政治所長(53)のやりとりが続く。

 スタッフが印刷したデータを羽田野所長に手渡す。データは所長が開発したパソコン上の「キョーメーションケアシステム」に収められている。睡眠・排せつパターンや投薬、介護職による日々の行動観察の結果など、情報は多岐にわたる。行動観察は「態度」「表情」「意欲」など13の項目について客観的に記録している。ほとんどが数値化、グラフ化できるため、一目で入居者の変化が分かる。

 データは医師や介護職などスタッフ全員が共有しており、同じ情報を基に、その時々でどうケアすればいいかを考える。新たな薬の服用を始めた人については、介護職が3日間行動観察して、変化した項目をチェックする。薬の効果がみられなければ医師に判断を求める。

 所長は医師と介護職をつなぐプロデューサーでもある。「医療と介護がチームを組み、それぞれの専門性を生かすことで、徘徊(はいかい)などの症状はほとんど抑えられている」と羽田野所長は話す。

 ◇ケアのコツは「患者のつまずき理解しサポート」

 認知症患者への対応に迷う家族は多い。ケアのポイントは何か。

 「認知症介護研究・研修東京センター」研究部の永田久美子さん(49)は「今までのケアは患者ができないことをやってあげるものだった。今は患者がどこでつまずいているのかを理解し、そこをサポートすることに焦点が当たっている」と説明する。例えば、錠剤と水の入ったコップを目の前に置いても服薬できない患者に対し、家族が薬を口に含んでコップの水を飲む仕草をしたところ、自分でできるようになったという。「つまずきがどこかに気付くのは意外と難しいが、気づいてあげられれば、患者ができることは実は多い」と指摘する。

 「できないから」とすべてやってあげようとすると、患者はいらだち、意欲を失い次第に動かなくなることもある。「ポイントは『急がば回れ』の精神。患者が明るくなれる機会をつくるのも重要」と永田さん。ただし、家族だけで頑張りすぎず、地域包括支援センターやケアマネジャーに相談することも大切だ。

◇外出、家事…住民が協力 会結成「孤独にはしない」

 住み慣れた地域で暮らしたい人。施設に入りたいが待機状態が続いているという人。自宅で暮らす認知症患者は今後もますます増える。地域の理解と支援が欠かせない。

 オカリナの優しい音色が響き渡っていた。東京都練馬区にある地域のおしゃべり場「ほのぼの館・関」。12月初旬、中村久美子さん(66)=仮名=はボランティア団体「エーデルワイスの会」のメンバーと早めのクリスマスを楽しんだ。夫の明さん(64)=同=は59歳でアルツハイマー型認知症と診断された。会は夫婦の生活を支えようと地域住民が立ち上がり、3年前に発足した。久美子さんは「1人ではとても抱えきれなかった」とボランティアのメンバーに感謝の思いを語った。

     ◇

 会社役員だった明さんは約10年前から物忘れやうつ症状がみられた。決して弱音を吐かず愚痴一つ漏らさない人だったのに、告知後に「どうしてこんなに涙が出るんだろう」と3日間泣き続ける姿を見て、久美子さんは「私が支えなければ」と強く思った。

 仕事を辞めた明さんはデイサービスに通いながら自宅で暮らしていた。日課は1万5000歩の散歩。速足なので、久美子さんは自転車でついていった。しかし3年前の夏、久美子さんは突然高熱を出して倒れた。リウマチだった。手の関節の炎症で水も飲めない。夫の大好きな散歩にも行けなくなり、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。「一緒に歩いてくれる人がいればいいのに」

 悩んでいた時、同じ経験をした女性から「ハートで支えてくれる所がある」と、ボランティアセンターのコーディネーター、内藤明美さん(63)を紹介された。困りごとがあった時、人と人を結びつけて解決していくのがコーディネーターの役割だ。

 夫妻の事情を知った内藤さんは区内のさまざまな団体に協力を呼びかけた。4人が手を挙げ「明さんを支える会を作ろう」という話になった。会の名前は、明さんが若いころ海外出張先から久美子さんに贈ったという花の名前からとった。

 その後さらに2人が加わり、計6人で週末に当番を決めて明さんの散歩や買い物に付きあうことになった。時にはドライブ好きの明さんを車に乗せて遠出したり、音楽会を催した。明さんの笑顔を見ることが、いつしかメンバーの喜びになっていた。不自由な体で明さんを介護する久美子さんへの支援も必要だった。家を訪ねては料理を差し入れしたり、洗濯物を取り込んだ。

 明さんの症状は徐々に進み、08年1月に入院。メンバーはお見舞いに通いながら、1人暮らしになった久美子さんの元に顔を出し、音楽好きの久美子さんにオカリナを習い始めた。明さんが今年1月に特別養護老人ホームに入所すると、今後は音楽ボランティアとして介護施設を訪ね、オカリナ演奏をしようということになった。

 会のメンバーの半分は、それまで夫妻と面識のなかった人たちだ。佐藤マサ子さん(73)は夫を看取(みと)って間もなくボランティアセンターで夫妻のことを聞き、会に加わった。「夫を介護していた時の深い孤独感が忘れられず、久美子さんを同じように孤独にしてはいけないと思った。困っている1人のために、そばにいる何人かが集まる。そういう組織が星の数ほどできることが地域支援」と話す。

 久美子さんは来年1月、認知症への理解を深めようと国が400万人を目指している認知症サポーター養成の講師としてデビューする。「みんなに支えられたから今がある。今度は私が支える番です」【出典:毎日新聞】

介護者支援にとって、適時適切な情報を得ることが重要になる。情報をコーディネイトする専門職も必要なのかもしれない

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