【特報 追う】国境乗り越え高齢者介護 インドネシアの2人
常夏の国、インドネシアの女性看護師2人が雪深い青森県むつ市で介護福祉士の見習いとして先月から働き始めた。政府とインドネシアの経済連携協定(EPA)に基づく介護業界では初の外国人。少子高齢化で広がる、介護される側とする側のアンバランス解消の“切り札”になれるだろうか。
「メンコイ」「アラァ」次々に繰り出される方言の山。話しているのはむつ市の特別養護老人ホーム「みちのく荘」の利用者の高齢者。介護福祉士の見習いとして働くインドネシア国籍のロスファ・ダマヤンティ・スディルジョさん(31)とドゥウィ・アグスティン・ニングルムさん(23)は最初、戸惑いを隠せなかったという。
「メンコイ」は下北弁で「かわいい」の意味。「アラァ」は「あちら」のことだが、ここではさらに「あちらに私の乗った車いすを移動させてください」の意味が加わる。
2人の語学力は取材にすべて日本語で応じられたほど。だが、ここの言葉は昨年8月から神奈川県で習ったものとはかなり違う。
時間厳守、ナースコールが鳴ったら走る…。日本では当然でもインドネシアで看護師の訓練を受けてきた2人にとっては異文化だ。
「利用者とひるまずにかかわり、コミュニケーションを一生懸命に取れる」。みちのく荘の生活相談員、浜田郁子さん(37)は2人を評価しつつも、「まだまだ文化の違いはあります」と、日々の指導に力を入れている。
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2人は深刻な雇用不足の母国を後にしてきた。ドゥウィさんによると、看護学校の卒業生のうち就職できるのはわずか3割。中東・クウェートまで働きに出ている看護師の友人もいる。
給料が母国の10倍程度で人手不足の日本は有力な選択肢に映る。ただ、人手不足を招いた過酷な労働環境はインドネシア人にとっても変わらない。むしろ日本人以上に負担に感じる可能性もある。
インドネシアの看護師の勤務時間は通常、午前7時〜午後3時。夜勤なら午後9時〜午前7時。残業はほとんどない。2人が母国で看護師の道を選んだのは「家族と長くいられるから」(ドゥウィさん)。午前9時〜午後6時半勤務で残業もあるみちのく荘とはずいぶん違う。
ロスファさんは「日本人、働き過ぎ。センターの人は、朝、もういる。夜、まだいる」と勤労文化の違いを表現する。
文化の壁以上に厚いのが試験の壁。日本の介護福祉士の資格試験の受験に必要な実務経験は最低3年。2人に許された滞在期間は4年。許された受験のチャンスは最後の年の1回だけ。通れば日本の施設で就職できるが、落ちれば見習いのまま母国に帰らざるを得なくなる。
合格しても雇われる保証はない。「資格取ったら雇ってくださいね」。取材中、そう冗談めかしてみちのく荘の中山辰巳園長(56)に話しかけていた2人の目は真剣そのものだった。
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多くを求められるのは受け入れ先も同じ。基本的には裁量に任されている。
中山園長は「彼女らにはぜひここで働いてもらいたい。職員をライバルと思えるくらい頑張ってくれれば日本の若い人の刺激にもなる」と支援を惜しまない考えだ。
みちのく荘では、ドゥウィさんとロスファさんの給与や待遇は正社員と同じ。イスラム教徒が毎日5回、定時に行う10分程度の礼拝で休憩を取れるよう勤務時間は配慮した。通常1カ月で終わる見習い期間は延長し、じっくり介護の現場と理論を教えていく方針だ。
勉強は試行錯誤が続いている。まずは日本語。試験は漢字だらけのため、3月からは勤務時間外に1日1つ、漢字を覚えさせる。今週からは毎日、日本語の日記を付け始めた。将来はブログで外に発信させることも考えているという。
なるべく同年代の職員に接触させるなど、私生活でとけ込めるようにする工夫も時間がたつに連れて重要性を増してくる。
「新しい経験、チャンスあると思いました」と目を輝かせて口をそろえるドゥウィさんとロスファさん。その輝きさえ保てれば、初めての雪にも試験にも耐えられるはずだ。
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■インドネシア人介護士 日本とインドネシアの経済連携協定(EPA)に基づいて昨年8月、インドネシア人約 200人が介護福祉士、あるいは看護師として働くことを目指して来日。半年間の日本語・生活習慣研修後、1〜2月から両職の資格取得を目指しながら全国の施設で助手として働き始めた。
来日したのはいずれも母国で看護師資格のある男女。介護福祉士は4年以内(受験機会1回)、看護師は3年以内(受験機会3回)に日本の国家資格を取得すれば国内で就業できる。【出典:産経新聞】
介護現場で、今後どのような変化があるのか注視したい
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