学童保育:放課後の場は今
◇家に代わる生活空間
「ただいまー」。宇都宮市立昭和小(同市戸祭元町)の敷地内にある学童保育「わんぱくくらぶ」。平日の午後3時すぎ、学校の授業を終えた子どもたちが次々に「帰って」くる。「おかえりー」。指導員の林谷(りんたに)政子さん(56)は笑顔で迎え入れた。
学童保育は、共働き家庭や母子・父子家庭の子どもたちが放課後を過ごす「生活の場」だ。民間団体の県学童保育連絡協議会(飯塚直会長)によると、県内には08年5月現在、全31市町、406小学校区に399の学童保育が設置され、計1万7102人の児童が入所している。国、都道府県、市町村からの補助金と、各家庭からの保育料で運営されており、形態は、公設公営▽公設民営▽民設民営の三つに分かれる。運営主体は市町村や社会福祉協議会、運営委員会、父母会、NPO法人などさまざまだ。
昭和小の「わんぱくくらぶ」は、「安心して子どもを預けられる場所がほしい」という親の願いに応え、82年4月に誕生した公設民営の学童だ。2月現在、小学1?5年生まで計45人が在籍する。子どもの世話をする指導員は、林谷さんと野村広美さん(44)の2人が務めている。
わんぱくくらぶには、宿題や遊びの時間という区切りはない。林谷さんは「学童は家の代わりの場所。子どもがやりたいことができることを目指してやっている」と話す。友だちと机を囲んで宿題をする子、床に寝そべってマンガを読む子、外でたこ揚げやボール遊びをする子??。それぞれが思い思いの時間を過ごしている。
おやつの時間は午後4時。当番の子が全員分のおやつを準備する。テーブルの上には、コーヒーゼリーやヨーグルト、焼きおにぎりなどが並ぶ。一斉に手を合わせて「いただきまーす」。元気な声が響いた。
わんぱくでは原則午後6時、延長で同7時まで子どもを預かる。保育料は子ども1人当たり月額6000円。県内の公設民営の学童では平均的な額だという。午後5時を過ぎると、父母や祖父母が続々と迎えに来る。「今日はたこを揚げて、よく飛んでいましたよ」。林谷さんがその日の子どもの様子を話すと、母親は「そうですか」とほほ笑んだ。
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学童保育は今、働く親の増加でニーズが高まる一方、需要に追い付かず、既存の学童に子どもが集中する大規模化が問題になっている。さらに、指導員には保育士のような資格制度がなく、「低賃金での労働を強いられている」との指摘もある。県内の学童の現状を通して、その課題を探った。
◇過密な状態、落ち着かず
宇都宮市立姿川第一小(同市西川田本町)の敷地内にある学童保育「にこにこクラブ」は2月現在、1?5年生の計108人が在籍する。周辺には新興住宅地が広がり、学校の児童数も約810人と、市内有数のマンモス校だ。
同クラブの在籍児童が100人を超えるようになったのは3年ほど前。05年12月に旧今市市(現日光市)で起きた小1女児殺害事件など、当時全国で子どもが被害者となる凶悪犯罪が相次ぎ、保護者から、放課後の安全・安心を確保する場所として注目され始めた。
今使っている施設は07年4月開所で、冷暖房やトイレ、台所も完備している。しかし本来の定員は約80人で、完全にオーバー状態だ。外で遊べる日はいいが、雨が降るとすし詰め状態。「出席取りまーす」。子どもたちが騒ぐと指導員の声が通りにくく、拡声機を使うこともある。
厚生労働省が07年に作成したガイドラインでは、指導が行き届くために、学童保育の児童数を「40人程度までとすることが望ましい」としている。同省は学童保育の大規模化を解消するため、10年度から71人以上の学童に対する補助金を廃止する方針を打ち出した。
しかし、県学童保育連絡協議会の調査によると、県内には08年5月現在、児童が71人以上いる大規模学童は41カ所、100人以上の学童も15カ所あり、問題となっている。
にこにこクラブの指導員、大塚光子さんは「人数が多すぎると子どもに落ち着きがないし、トラブルも多い。自分を出せない子もいて、メンタル面での負担は大きい。理想は40人くらい」と語る。
子どもたちも、大規模の弊害を日々感じている。リーダー役となる5年生の尾下夏美さん(11)は「うるさくて大変。人数が多いから注意しても静かにならない」。5年の古沢涼君(11)も「けんかやもめ事が起きやすい」と困り顔だ。
宇都宮市には、同クラブを含め、71人以上の学童が11もある。学童担当の市生涯学習課は「基本的には空き教室など既存施設の活用で、分割できるところから分割したいと考えている」と説明する。
にこにこクラブの膨張は止まらない。09年度は新1年生も含め、約50人が入所を希望しており、今の在籍児童と合わせると、140人近くになる。クラブ側は09年度から、共働きかどうかを確認するために保護者に勤労証明書の提出を求めるなど、児童数の抑制に努める方針だ。
クラブの運営委員会の副会長で、長女の茉里奈さん(10)を預ける塚原千夏子さん(40)は「密室に100人以上というのは過酷な状況で、精神衛生上も良くない。分割は待ったなしの状況だ」と訴えている。
◇分割・増設に財政上のネック
学童保育の大規模化が進む背景には、共働き世帯の増加や子どもの安全な居場所を求める保護者のニーズがある。08年5月現在、県内の学童保育の数は399で、前年に比べ44カ所も増えた。しかし、現場からは「まだまだ足りない」という悲鳴が聞こえている。そんな中、在籍児童数を適正な規模にしようと、積極的に学童保育の分割・増設を進める自治体も出てきた。
先月25日、小山市で市立間々田東小の第二学童保育館「たけのこ学童クラブ」の開所式が行われた。同クラブは児童数の増加に伴い、同小学区内2カ所目の学童として03年4月に発足した。それまでは民家や空き店舗を借りてきたが、市は約2500万円かけて冷暖房完備の新しい施設を建設した。
新施設は広々とした庭があり、ボール遊びや長縄跳びを楽しむこともできる。式の後に開かれた完成記念お祝い会で、大久保寿夫市長は「小山は日本一の学童を目指している」と明言した。保護者会代表の谷千鶴さん(41)は「学童に対する理解があって、ありがたい」と感謝する。
小山市には71人以上の大規模学童はない。間々田東小も含め、学区内に二つ以上の学童がある小学校は市内に8校あり、09年度はさらに二つの学童を分割する。県内には児童数が100人を超えるマンモス学童もあるが、同市こども課は「登録児童数が定員の40人を超えたら、分割の目安」と説明する。
しかし、同市のようにスムーズに分割・増設が進む市町は少ない。ネックになるのは「財政上の負担」だ。県学童保育連絡協議会が08年10月に実施したアンケートでは、71人以上の大規模学童がある13市町のうち、12市町は「分離・増設計画あり」と回答している。しかし分割を実際に進めようとすると、「適当な場所・施設がない」ことや、「施設整備の予算確保が困難」であることが、多くの市町では障害として立ちふさがっているのが実態だ。
県こども政策課は「学童の事業主体はあくまで市町。市町から分割・増設をしたいという要望があれば100%応えている」と説明する。県は09年度一般会計当初予算案に、学童保育の運営費と整備費として、前年度当初比約45%増の約7億3686万円を計上した。新年度、新たに県内九つの大規模学童が、施設を増設して分割するという。
71人以上の学童に対する国の補助金は10年度から打ち切られる。同協議会の国府田恵美子・事務局次長は「補助金の打ち切りを防ぐために、70人で子どもの受け入れを断ってしまったり、今まで入っていた高学年の子どもが入れなくなるようなことが起きないよう働きかけたい」と話している。
◇根本的解決には国の補助を
学童保育は、かつて「親たちが勝手にやっている事業」という見方をされてきたが、97年の児童福祉法の改正で、「放課後児童健全育成事業」として明記され、県も06年3月に入所人数や施設整備に関する「運営の手引き」を作成した。しかし法的拘束力がないため、行政の支援は自治体間で厳然とした格差がある。
学童保育の設置場所は学校の空き教室や敷地の一角、公民館、アパートなど、自治体や地域の事情に応じてさまざまだ。その中でも、那須塩原市立東原小の学童保育「元気っ子くらぶ」は、体育館の2階という特異な場所にある。台所や専用のトイレはない。冷暖房設備もなく、夏は扇風機、冬はストーブでしのぐ。指導員の渡辺勝美さん(42)は「夏に温度計が43度を指していたことがあった」と苦笑する。
小学1?6年生の計42人が在籍し、「とにかく狭い」と渡辺さん。「子どもの体調が悪くなった時に休める場所がない」という悩みもあるが、一番の課題は不審者対策だ。渡辺さんは「2階なので、逃げ場を失ったら飛び降りるしかない」と訴える。
また、同市立黒磯小の「ふたばくらぶ」は校舎の空き教室を利用しているが、室内には台所や手洗い場、専用のトイレはない。外にある手洗い場は、学童の負担で数年前に屋根をつけたという。指導員の西部涼子さん(56)は「子どもたちの体が汚れてもお湯が出ない。手作りおやつを作ってあげたいけど、調理もできない」とため息を漏らす。
一方、上三川町の本郷小学童クラブは同じく空き教室利用だが、倉庫を町が約640万円かけて改修した。06年4月に開所し、冷暖房完備で、台所や専用のトイレもある。小学1?3年生の計20人が在籍し、指導員の磯幸子さん(49)は「ちょうどいいくらいの広さ。環境は恵まれていると思う」と話す。
また、同じ上三川町の坂上小児童クラブは小学1?3年生が計7人という「小規模」学童だ。児童数が10人以下の学童には、国の補助金は出ない。しかし、同町は全7小学校に学童を設置している。日産自動車の大工場が立地する同町。町健康福祉課は「比較的財政に恵まれていることもあり、保護者からの要望に応じて設置している」と説明する。
自治体間の格差について、学童保育に詳しい早稲田大学文学学術院の増山均教授(教育学)は「国が学童に対する補助金を増やさないと、根本的には解決できない。市町村任せにしていたら、どんどん格差が広がってしまう」と話す。その上で、「学童で過ごす時間が小学校よりも長い子どももいる。国は、生活と遊びを通じて育つ学童保育の重要性を再認識すべきだ」と指摘している。
◇待遇良くないが、魅力大きく
学童保育で放課後を過ごす子どもたちにとって、世話をしてくれる指導員は「親代わり」の存在だ。県内では08年5月現在、391の学童で1343人の指導員が働いている。
「危険だよ」。宇都宮市立昭和小の「わんぱくくらぶ」で、指導員の野村広美さん(44)が長椅子の背もたれの上に立ってふざける子に真剣な表情で怒った。野村さんは約1年前、子育てが一段落したのを機に指導員になった。「学童は『家の代わり』なので、上からの目線にならないように気を付けている」と話す。
学童の指導員には保育士のような資格制度はないが、幼稚園教諭や保育士、教員免許などの資格を持つ人が多い。「子どもと遊んでいればいい」という見方をされがちだが、子どもの気持ちや体調の変化を敏感にとらえることや、時には親の悩み相談にも乗ることが求められる専門性の高い仕事だ。
形の上では平日の勤務時間は平均約5時間で、勤務開始は午後からという学童が多いが、指導員の仕事は、それだけでは終わらない。同市立晃宝小の「どんぐりクラブ」に勤める戸部浩子さん(48)も正午に勤務が始まるが、打ち合わせや準備のために1、2時間早く来ることがあるという。行事の企画や保護者へのお便り、日誌の作成のため、仕事を持ち帰ることもしばしばだ。
それなのに、指導員の待遇は決して良くない。県学童保育連絡協議会が02年にまとめた指導員の実態調査では、正規採用の職員はわずか約3割で、残りは臨時職員やパートなどだった。年収は平均114万円で、全国平均より約75万円も低い。経験にかかわらず賃金が変わらない人は約6割で、雇用・労働保険は約半数が加入していなかった。
不安定な雇用や厳しい労働条件のため、県内の学童は慢性的な人手不足に悩まされている。また、指導員の年齢層は40歳以上が7割を超える一方、20?30歳代は3割弱にとどまった。同協議会指導員会会長を務める戸部さんは「若い人を育てていかなければ」と危機感を強める。
そんな中、足利市立桜小の「さくらエルマー学童保育」の原隆二さん(22)は短大卒業後、08年4月から専任指導員として働き始めた。高校生の時、ボランティアで訪れたのをきっかけに、アルバイトの指導員になった。幼稚園の先生になることも考えたが、子どもが伸び伸びと遊んでいる学童の良さにひかれたという。
原さんの月給は手取りで約14万円だが、「お金の面より大きな魅力がある」と力を込める。さくらエルマーの先輩指導員、新井隆さん(51)は「失敗しても自由に実践することが若い指導員には大事。大いに勉強してほしい」とエールを送っている。【出典:毎日新聞】
子育て支援としては、こういう分野をとくに充実していく必要がある。そうでなければ、安心して子供を産めない
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