介護施設で老いを考えた:老人保健施設
◇介護度の軽い人が入所
介護施設のうち、特別養護老人ホーム(特養)とともに数が多いのが、老人保健施設(老健)である。特養、老健、老人病院は、介護保険による施設サービスの3本柱といわれる。
老健は県内に43ある。最も重い介護度5や4の人たちの入る施設が特養なら、老健は介護度がそれよりも軽い人たちに対応する施設だ。
宮崎市高岡町の辰元グループが運営する老健施設「信愛ホーム」の場合、入所者の平均介護度は2・5である。
一般に特養は入所希望者が多く、入りにくい。半面、症状の重い人が優先的に入るから、その人たちは亡くなる直前まで入所していられる。
一方、老健は特養よりも入りやすいが、原則、入所日数に期限が設けられている。つまりいつかは出ていかなければならない。入所待機者の多い都会の老健施設は、短くて3カ月、長くても1年しか居られない規則だ。
脳卒中などで体の一部にマヒが残った高齢者は最初、老人病院で治療を受けることになる。退院後は、老健施設に一定期間入所してリハビリに励む。そこで機能が回復したら、家庭に戻る。老健施設は病院から家庭へ戻るまでの「中間施設」という位置づけである。
ところが誤解もある。脳卒中によるマヒなどは「リハビリで相当に回復する」というイメージが現実以上に一人歩きしている。しかし実際に自宅へ戻れる人は極めてまれなのだ。ほとんどの高齢者は、思うような回復が望めなかったり、家族が同居を拒否したりで、施設に居続けるしかない。
入所日数の制限が厳しい都会の場合、3カ月後に預かってくれそうな老健施設を家族が探して前もって予約を入れておき、入所期限が来るたびに、あちこちの老健を渡り歩くような気の毒な高齢者が絶えない。
ただし県内では、老健施設の空きベッド数に対し、待機者は都会ほど多くはない。本人や家族が施設からの退去を望まないのに、退去を迫る老健は少ないといわれる。
信愛ホームの町浦尚美・支援相談員(38)はこう語る。「入所者80人のうち、認知症でない人は数人だけです。家族による介護が困難で、家に帰って生活できる人は皆無に近い。帰る家自体が既にない人もいます」
過去には「中間施設」の名前の通り、リハビリに励んで自宅復帰するケースもあった。だが現在は、老健施設への入所者のほとんどは認知症で、家族の手に負えないから入所を引き受けている側面が強い。
リハビリが順調過ぎて起こる悲劇もある。ある女性入所者は、リハビリに励んで生活機能が回復したため、審査で「要介護」状態から脱した。本来なら喜ばしいことだが、この場合は違った。
老健施設で友人が出来た本人も、その家族も、施設での暮らしを望んでいたからだ。しかし老健施設を利用できるのは介護保険で「要介護」とされた高齢者だけだ。「何とかここに居させて」と号泣されたという。
「社会復帰するまでの一時的なリハビリ施設」とされる老健施設の実態を探っていこう。
◇元気な認知症、介護の難しさ
老人保健施設(老健)の1日のリズムは、特別養護老人ホーム(特養)とそれほど違わない。
80人が暮らす宮崎市高岡町の「信愛ホーム」の食事は、朝食が午前8時、昼食が正午、夕食が午後6時である。
施設が力を入れているのが「口腔(こうくう)ケア」だ。毎食後、欠かさず実施する歯みがきである。認知症が進めば、肉体のコントロールが不自由になり、誤飲も増える。口の中が不潔だと、ばい菌が肺などに入り、肺炎を起こしやすくなる。
歯のある人は歯ブラシを使う。歯のない人は、割りばしの先にヨウ素液を染み込ませた綿をつけ、口の中を消毒したり、お茶でうがいをする。食事と口腔ケアの介助には、1日3回、それぞれ1時間近くかけている。
介護度の重い特養との違いは、老健には全員がリハビリをする時間がある点だ。「リハビリによって生活機能の回復を図る施設」という位置づけだからである。
入所者のほとんどは、脳卒中やアルツハイマー病などの脳疾患で、体が不自由になった人たちだ。特養入所者よりも介護度は軽いが、その症状は千差万別である。リハビリ専門の療法士が、全員の運動カリキュラムを作り、毎日それに従って手足を動かしている。
入所者は最低でも週2回は入浴できる。入浴が好きで、自力で毎日入る人もいる。寝たきりが多い特養とは違い、ほとんどの入所者は入浴介助用のイスに座れる。電動式の入浴用寝台に乗せる必要のある入所者は、今のところ3人しかいない。
午後3時には、おやつが出る。夕食の前後の時間は、レクリエーションをしたり、テレビを見たりして思い思いに過ごす。消灯は午後9時だ。原則として相部屋で、中でも4人部屋が多い。入所者80人に対して介護職員25人、看護師8人という態勢を組んでいる。
老健施設の入所者は、特養よりも介護度が軽い。では、その分、職員にとって手がかからないかと言えば、その逆だ。入所者80人のほとんどが認知症のうえ、特養入所者よりも活動的だ。このため、ころびやすいうえ、どこへ行ってしまうか分からない。
認知症の中には、体の痛み自体を感じない人もいる。けがをしていても、不安定な姿勢のまま、一心不乱にどんどん歩いていってしまう。だから介護職員たちは一瞬も目が離せない。
2階建ての信愛ホームは2階に30人、1階に50人が暮らす。外部との出入り口は、できるだけ開放的な状態にしておきたい。そこで、勝手に外へ出て行く恐れのある入所者はなるべく2階に集め、その危険性の少ない入所者が1階に暮らしている。
◇排せつケア、職員の泣き笑い
介護現場で、職員が最も大変なのは、排せつケアと言われる。しかし介護の専門家、三好春樹氏はこう断言する。「臭さには3日で慣れます」
著書「老人介護 じいさん・ばあさんの愛しかた」(新潮文庫)では、ユーモアを交えてこう書いている。
「たしかに初めてオムツ交換を体験すると、昼食は口に入らないに違いない。しかし、人間というものの適応力はすばらしいもので、本当に3日目には、カレーライスを食べながら『○○さんの便、ちょうどこんなふうだったわよ』なんていってるのである」
自力で排せつできるかどうかは、本人の生きがいに深くかかわる。排せつ欲は、人間の基本的な欲望の一つである。大小便の調整がまったくできなくなれば、オムツをするしかなくなってくる。だが、オムツではなく、パンツで過ごすことで、入所者がどれほど元気になれることか??。
宮崎市高岡町の老人保健施設「信愛ホーム」は、自力排せつを助けるため、入所者の「トイレへの誘導」に力を入れてきた。山本邦子介護主任(57)によれば、パンツの人とオムツの人には明確な線引きはなく、その中間には、さまざまな段階があるという。
入所者80人中、夜間にオムツで過ごす人は32人前後いる。ところが日中は、オムツの人は、わずか4、5人に減る。職員が2時間ごとに「トイレ誘導」を図り、失禁を防いでいるからだ。しかし夜間、入所者の睡眠中まで「トイレ誘導」するのは難しい。このため「失禁が不安で眠れない」と自発的に夜間のみオムツをする人が多いのだ。
使い捨ての紙オムツがどんどん普及する中で、この施設では昔からオムツは「布製」と決めている。「使い捨て」がもたらす環境汚染に抵抗する意味のほか、進化した紙オムツの「不自然さ」への違和感もある。
布製なら湿った時には本人にも分かるが、最新の紙オムツは濡(ぬ)れた時の不快感がない。そのくせ皮膚はムレる。「濡れたかどうかさえ本人に分からない点が不気味です」と山本さんは言う。
施設に100歳近い寝たきりの女性がいた。認知症で、外界への反応がなく、言葉も失っている。だがオムツかぶれがひどくなったため、職員が数人がかりでトイレに連れていった。本人には排せつをする意識がなくても、便器に座れば重力の作用で大便が自然に腸から下へ押し出される。自力で便が出た。
それ以来、毎日トイレに誘導した。ついに日中だけでもオムツが取れた。続いて職員たちを驚喜させることが起きた。この女性が何年ぶりかに笑顔を浮かべたのだ。最も喜んだのは女性の家族だった。「母に人間らしい表情がよみがえりました。ありがとうございました」と頭を下げた。
この事実は介護職員たちを励ました。夜のミーティングで1人が言った。「よし、もう1人、オムツはずしに挑んでみましょう」
◇排せつで回復した生きがい
自力での排せつは、高齢者の生きがいにつながる。一人でも多く、入所者の排せつの喜びをよみがえらせたい??。
宮崎市高岡町の老人保健施設「信愛ホーム」の「オムツはずし作戦」は続く。山本邦子介護主任(57)はこう説明する。
「亡くなった私の両親は、介護されることで最も不安だったのが排せつケアについてでした。他人に下の世話をされることを恐れていました。しかし施設ではそんな心配は忘れてほしいのです。意思とは無関係に漏れてしまう。老いにとっては仕方のないことです」
人の腸は普段、重力によって下へ引っ張られている。しかし寝たきりになると、腸を下へ下げる力が働かない。だから入所者には便秘症が多い。
入所してから6年間、ほとんど寝たきりの87歳の男性がいる。言葉を失い、職員が声をかけても、何の反応もない。食事も自力ではできず、職員がペースト食をスプーンに運んでいた。認知症のため、尿意や便意も感じられないため、オムツに排せつしてきた。
この男性に「オムツはずし」を施すため、ある日、職員たちが彼を抱きかかえ、車いすでトイレまで運んだ。施設のトイレにはドアはなく、カーテンで仕切られている。取りあえず洋式便器に座らせた。便を下方へ押し出すことが「オムツはずし」の第一歩だからだ。
しばらく後、トイレのカーテンを開けた介護職員は、大量の便に目を見張った。職員はうれしい驚きのため、においなどは気にならない。「良かった。どれほど気持ちよかったことか」。同時にかわいそうになった。「これまでどれほどひどい便秘だったのか」
そして後始末をしようとした介護職員は耳を疑った。
「あと5分待て」
何年も言葉を発しなかった男性がしゃべったのだ。職員はうれしさを押し隠して言った。「どうしたの?」「今から便が出るっちゃ」「便はさっき出たわあ」「いや、まだ出るっちゃ」。ついに会話がよみがえった。
追加の便が山盛りになった。「すごかったですねえ……」。職員は涙ぐみながら山本介護主任に報告した。「大便ができるようになるのと並行して、どんどん男性の言葉が戻ってきました。笑顔も戻ってきました」。山本さんは指示した。「施設にとっては画期的です。記録に残しておいて」
寝たきりのため筋力が衰え、それまで立てなかったこの男性は今、トイレの手すりにつかまりながら、自力で立ち上がれるまでになった。職員たちは、毎日この男性の排せつケアを楽しみにしている。カーテンの外から「出た?」と聞くと「まだ」とか「出た」とか元気な返事が返ってくる。何年も反応のなかった男性と今、意思の疎通ができるようになったことが、職員たちにはうれしくて仕方がないのだった。
◇リハビリを巡る誤解と現実
老人保健施設(老健)は、以下のように定義されている。「脳卒中などで倒れた高齢者がリハビリによって失われた機能を取り戻し、再び家庭へ復帰するまでの施設」「退院後、家庭へ戻るまでをつなぐ中間施設」
だが、実態はかなり異なる。
設立から13年目を迎える宮崎市高岡町の老健「信愛ホーム」の場合、当初は多かった自宅への復帰者は年々減り、今では入所定員80人中、自宅に帰れるのは年に1人いるかいないかという状態だ。
それでも国が老健施設を「リハビリによって家庭に戻る力を回復させる施設」と位置づけている以上、寝たきりの人も含め、入所者全員に毎日リハビリの時間がある。
入所者は立ち上がり練習や足の屈伸などを実施している。2本の平行棒につかまり、その間を往復したり、つり革を引いて腕の運動をする器具を交代で使っている。
山本邦子介護主任(57)は語る。「寝たきりの人にとっても、体がエビのように丸まってしまう拘縮(こうしゅく)を防ぐ効果がリハビリにはあります。だからリハビリは無駄ではない。ただし、リハビリで頑張れば、いつかは自宅に帰れますよ、という話は事実とはほど遠い。それでも帰宅を期待して、必死で日々汗を流す人たちがいる。それが気の毒な現実です」
介護問題に詳しい三好春樹氏の著書によれば、脳卒中によるマヒを回復させるためのリハビリは「倒れてから4カ月が勝負」といわれる。この間はリハビリに励めば励むほど、その後の回復に好影響を与えるとされる。だが、4カ月を過ぎると症状は固定化する。
それ以降も障害が残った人の場合、その原因はリハビリをサボったり努力不足だったからではなく、最初に脳血管が受けたダメージの程度による。それをわきまえず「リハビリの頑張りが足りない。もっと頑張れば家に帰れるのに」と責めるのは酷な話である。
この老健施設の入所者のほとんどは認知症だ。家庭に帰れないのは、身体機能の低下よりも、認知症の本人を介護できる家族がいないから、という理由の方が大きい。いずれにせよ、家庭へ戻るまでのハードルは高い。
いくら頑張っても自宅へは帰れないかも知れないという現実の前で、それでもリハビリに励む人たち。それは切ない光景だが、リハビリには体力の衰えを少しでも遅らせる効果はある。昨日より今日の状態が悪くならないようにするため、入所者たちは運動に汗を流す。リハビリが「自分との戦い」だとするなら、人生とは最後の日まで戦い続ける宿命ともいえる。
◇動き回る認知症を介護する苦労
これまでさまざまな介護施設を見てきた。
この連載では、まず少人数の認知症の人たちが家族のように暮らす「グループホーム」を見た。
続いて介護度の最も高い人たちのための「特別養護老人ホーム(特養)」を見た。さらに治療の必要な老人たちが入る「老人病院」を見た。
現在、紹介している老人保健施設(老健)は、介護度の低い高齢者が入る施設である。しかし「介護度が低い人が入る」と言っても、老健施設はこれらの施設の中で、職員にとっては最も手がかかる施設ではないか、と感じた。
宮崎市高岡町の辰元グループが運営するこれら4種類の介護施設の入所者のほとんどは認知症である。このうち特養や老人病院の高齢者の多くは、寝たきりである。動けないほど生命力が弱っているから、介護には繊細な神経を使う。しかし寝たきりだからこそ、勝手にどこかへ行ってしまう恐れは少ない。
一方「グループホーム」の入所者は、認知症とは言っても性格が穏やかな人たちばかりである。なぜなら「9人以下で共同生活すること」というグループホームの条件を満たすには、同居者に暴力をふるったり、夜中に叫んだり、大便などの異物を食べたりするような人は排除されるからだ。
1人でもそんな人が混じれば、他のお年寄りも夜は眠れなくなる。感情はすさむ。生活のリズムも狂う。介護職員たちの努力で、危ういバランスをかろうじて保ってきた少人数の共同生活は一気に崩壊する。つまりグループホームへの入所者は「共同生活が可能である」というフィルターにかけられ、選抜された「エリート」なのである。
これに対し老健施設の入所者の多くは「動き回る認知症」である。シルバーカー(杖(つえ)代わりの歩行補助車)や車いすを使う人もいるが、歩ける人でもどこかにマヒがあり「すり足」で不安定に歩く。だから転びやすい。転倒すれば簡単に骨折してしまう。大たい骨を折れば、そのまま寝たきりになってしまうことが多い。いつ、つまずくか、と職員は一瞬も目が離せない。しかし認知症であるため、いくら「危ないですよ」と言っても意味が分からない。
しかも元気だから、施設からどこへ出て行ってしまうか予測ができず、四六時中気が抜けない。それも、目が離せないのは一人だけではない。同様の危険は、同時に数十人分もあるのである。
老健施設は「リハビリによって生活機能を回復し、家庭に戻るための一時的な入所施設」という名目とは異なり、ほかの3種類の介護施設では暮らせない認知症の人たちが集まってくる側面がある。それが介護職員への大きな負担にもなっている。
◇長生き?したくないですねえ
宮崎市高岡町の老人保健施設「信愛ホーム」の山本邦子・介護主任(57)は、隣にある辰元老人病院に9年間勤めた後、7年前に現職場に移った。
介護の仕事は16年目になるが、前半は主に旅立つ人たちの「看(み)取り」を続け、後半の現在は主に認知症の人たちと付き合っている。
山本さんの人生観はどう変わっていったのか、取材の最後に聞いた。
「老人病院の人たちは病気を抱えているので、肉体の苦しみ自体が日常に同居しています。しかも明日の命がどうなるか分からない。今日という日を悔いなく過ごさせなければ、という介護の緊張感がありました」
「たとえば」と山本さんは例を挙げた。入院者から「水が飲みたい」と訴えられたが、別の患者に対する仕事があって手が離せなかった。「ちょっと待ってて」と後回しにしたが、手が空いてから駆けつけると、患者は亡くなっていた。「しまった!」と後悔した。「今」という、この瞬間がいかに大切か、痛感する日々だったという。
老健施設の人たちはそれよりは時間に余裕がある。少なくとも、笑い、怒り、悲しみなど、介護者に対する反応がある。動き回るから目が離せない一方で、認知症なりの意思の疎通がある。
山本さんが朝、出勤すると「来るのを待っちょったよ」と声がかかる。会話は支離滅裂でも、その時のうれしそうな顔を見るのが楽しい。山本さんが夕方、帰宅する時にもなごやかな言葉が交わされる。「今日、一日楽しかったよ」「よかったわねえ。また明日ねえ」「待っちょるよー」
「こうした人間らしい言葉の投げ合いがあるから、続けられる。毎日が単なる排せつケアの繰り返しだったら、つらいものです」と笑う。
その山本さんに「長生きしたいと思いますか」と聞くと、少しの沈黙のあと、意外な答えが返ってきた。「いや、思わないですねえ」
現代の日本人の死の形は主に(1)病で死ぬ(2)事故で死ぬ(3)長生きした末に老衰で死ぬ??の3通りである。こうして人が亡くなる過程を、山本さんは数知れず見てきた。
「人が衰えていく段階、段階は、誰もがほとんど同じ道をたどります。しかも本人を少しでも長生きさせようと、施設と家族の双方が全力を尽くします。だから人間は簡単には死ねません。本人が苦しむ時間も延びます。ここまで苦しんでも、まだ死ねないのか、という場面をたくさん見てきました」と続けた。
「病死なら最後がある程度予測できます。しかし老衰死の場合、いつまで介護が続くのか介護する家族には分からないという苦労があります。しかし人間は、誰しも最後の日まで生きるしかありません。最後に向かう苦しい日々の中でも、楽しく歌ったり、おいしい物を食べたりできるような生きがいの瞬間を、なるべくたくさん、私たちが作ってあげなければならないと痛感します」【出典:毎日新聞】
本来、老健は、家庭と施設の中間施設として位置づけられた。にもかかわらず、現状は、そうではない。施設体系として、もう一度考える必要がある
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