働いて生きる:障害者自立支援法、完全施行から2年
上 起業プロジェクト /山梨
小泉政権の「小さな政府」路線の一環として成立した障害者自立支援法。06年10月の完全施行から2年が過ぎた。福祉サービスの利用に原則1割の費用負担が求められるようになる一方、さまざまな就業支援策が模索されている。障害児の社会参加を促進する特別支援教育も始まり、障害者たちはいや応なく「自立」を迫られている。しかし、現状は机上の計画通りには進まない。受け皿が整っているとは言い難い日本の社会で、障害者が明るく生きていくことはできるのか。山梨の現状を取材した。
◇「自立」の難しさ浮き彫り
体の筋肉が衰える進行性の病気で車いすの生活を送る安藤康雄さん(59)は障害者仲間2人と今年3月、甲斐市にカフェ「ゆめハート」を開いた。「同情」ではなく「味」で客を呼びたい??3人の思いは共通している。目玉メニューは手作りのカレーとケーキ。「月1回来てくれる人が500人いれば何とかなる。リピーターを作りたいと考えています」と安藤さんは言う。厳しい経営が続くが、PR方法やイベントについてミーティングを重ねる日々が続く。
安藤さんが店を開くきっかけとなったのは、県が障害者自立支援法の施行に合わせて06年7月に始めた「障害者企業立ち上げプロジェクト」だった。
初期投資費用などを県が補助し、来年3月までの計画で障害者による起業を促す。「生き生きと働き、経済的にも自立して社会貢献する」(県障害福祉課)のが目的だった。
県は「半数以上が障害者手帳を持つ5人以上のグループ」を条件に参加者を募集。安藤さんらを含む5組が選ばれた。各グループから飲食業や地場産品販売業などの提案があり、1年目は県が開く起業塾でビジネスマナーや店舗経営のノウハウなどを学んで起業計画を作成。3年目には実際に店や会社を開く計画だった。
だが、実際に事業を始められたのは、安藤さんらを含めて3組にとどまっている。
開業しても問題は尽きない。あるグループは昨年6月に農産物販売を始めたが、接客や店の掃除などに慣れることができず、3人いた障害者のうち2人が入れ替わった。その分、健常者のボランティア女性に負担がのしかかった。女性は朝早くから夜遅くまで店番や配達などに忙殺されるようになり、疲れ果てて1年で辞めてしまった。現在は新たなボランティアの手を借りて維持している。
何とか軌道に乗った安藤さんも起業の難しさを指摘する。
「国は障害者を保護から自立というレールに乗せた。レールに乗って意欲的になれればいい。でも、私たち全員にいきなりそれを求めるのは無理です」
自立支援法自体の問題点も指摘されている。福祉サービス利用料の原則1割負担は、重度障害者ほど負担が大きくなる。外出を控えざるを得ない人もいて「逆に自立を妨げる」との批判が続出。10月には、同法を違憲として障害者29人が国や自治体を相手取って集団提訴した。厚生労働省も今年度内に改正法案をまとめる方針だ。
一方、障害者への厳しい意見もある。障害者団体を支援する山梨市の男性(65)は「『ありがとう』と言えなかったり、お辞儀ができなかったり、面倒を見てもらって当たり前という感覚の人が意外に多い」と指摘する。
男性には知的障害を持つ次男(22)がいる。「障害者が職場に定着するには、まず障害者と同じ目線に立てる人が周囲にいること。そして、余暇と仕事のバランスがとれること」と男性は話す。
県のプロジェクトは、来年3月以降の継続を予定していない。だが、担当者は「本当はまだ支援が必要」と明かす。机上の計画とは違う現実の難しさをひしひしと感じるという。
中 就労移行支援制度 /山梨
◇「子の行く末」に不安持つ親たち甲府市に住む公務員の男性(47)の小学4年生になる長女(10)は、3歳の時「知的障害を伴う自閉症」と診断された。
地域の人に長女の存在を知ってもらうことも必要と思い、市立小の特別支援学級に入れた。同級生たちも「おはよう」「遊ぼう」とよく声をかけてくれ、着替えも手伝ってくれる。だが、「このままでいいのか」という思いは尽きないという。
周囲の子たちはやがて思春期にさしかかり、人間関係に悩み始める。娘はそういう世界に入っていけるだろうか。むしろ「自立」を掲げる支援学校で、障害者として生きていく手段を身につけさせたほうがいいのではないか??男性は、長女が5年生になったら支援学校へ転校させることも考えている。
◇ ◇
障害を持つ子供を取り巻く環境は、07年4月の改正学校教育法施行で「特殊教育」から「特別支援教育」へ大きく転換した。盲・ろう・養護の各学校は特別支援学校に統合され特殊学級は特別支援学級と名を変えた。
文部科学省は特別支援教育を「児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取り組みを支援する」(07年4月の通知)と定義する。
文科省は進路指導の充実を求めており、各支援学校では職業の体験学習や就職情報の提供などを始めている。
その後についても、新たな試みが始まる。障害者自立支援法に基づき、一般企業への就職希望者に2年間、仕事に必要な知識や能力を身につけてもらう「就労移行支援」だ。企業実習などで、技術や知識だけでなく、接客マナー、あいさつ、服装など社会生活に必要なイロハも学ぶ。
だが、甲斐市の身体障害者通所施設「ぎんが工房」の内藤和恵施設長(45)は「未知数の部分が大きい」と言う。ぎんが工房は来年度から就労移行支援プログラムを導入する予定だ。
各施設の職員から選ばれる「就労支援員」が実習先の企業を探し、さらに各通所者の適性を判断して就職先との橋渡しをする仕組みだが、内藤施設長はこう話す。「企業などと交渉して職場を開拓するノウハウがこちらにはないのです」
また、同プログラムの導入で、障害者1人あたり国から施設に支払われる報酬が、従来の授産施設より安くなることも施設側に二の足を踏ませており、導入が決まっている施設は県内でまだ7カ所にとどまっている。
◇ ◇
特別支援教育を希望する保護者は増え続けている。08年5月1日現在、県内の特別支援学校に在籍する児童生徒は792人で、10年前の盲・ろう・養護各学校の児童生徒数556人に比べて3割増えた。だが、卒業後の受け皿はいまだに不安定なままだ。
「何で自分だけ不幸なのか」。冒頭の公務員男性は長女の障害を告知された時、そう思い詰めたという。「これまで障害児は、学校を出たら何の準備もなしに社会に放り込まれていた。それに比べれば仕組みは整いつつある。自分が死んでもこの子が生きていけるよう、内容の伴った仕組みにしてほしい」
下 得意分野生かす仕事 /山梨
◇問われる「確かな居場所」づくり甲府市天神町のNPO「いでたちの家 ひかりハウス」。一軒家を借り切った作業所では、知的障害や精神障害を持つ人たちが、黙々と色とりどりのガラスの断面を削ったり、ガラス片を組み立てたりしている。制作するのはステンドグラス製品。目標は「売れる商品を作る」ことだ。
ひかりハウスは06年1月、福祉施設職員だった斉藤加代子さん(58)が設立した。
当初は農作業が中心だったが、長年ステンドグラスを制作してきた姉の河口妙子さん(61)の協力を得て、ステンドグラスを始めた。「日常生活では触れられない『きれいな物』を身近に感じてほしかったし、さまざまな工程があるので個性に合わせた作業ができると思ったのです」と斉藤さんは語る。
ひかりハウスには現在、20?65歳の男女9人が通う。携帯電話のストラップや小さな容器をバザーなどで販売している。
1日の作業量や手順は決められていない。集中力は続かないが手先が器用な人、逆に細かい作業は不得手だが根気のある人もいる。気が乗らなければ休んでもいい。各自の得手不得手に合わせて仕事を振り分けている。
「みんな仕事にプライドを持っている。『人と同じようにする必要はない』と言えば、思いもしない作品が出来ます」(斉藤さん)。基本的な技術は身についた。来年は木を模したナイトランプに挑戦しようと考えている。ナイトランプは、作家によっては数十万円する商品もある。商売として成り立つ可能性が十分にある。
甲府市の30代の男性は、ひかりハウスに通い初めて10月で1年になった。母親(66)は「良く続いている」とうれしそうだ。
男性には20歳のころ、精神障害の症状が表れた。「心の中から声がする」と言うようになり、入退院を繰り返した。たどりついたのが、ひかりハウスだった。仕事に出るのがおっくうになる日もある。そうすると斉藤さんから「待ってるよ」と電話がかかる。
「待っていてくれる人たちがいるのがうれしい。この仕事なら頑張れると思う」と男性は話す。技術も身につき、他のメンバーを指導することもある。「1人になっても、大丈夫じゃないかな」
母親は今夏、展示会で初めて息子の作品に触れ、その才能に驚いたという。「『こんなことができるのか』と。優しい子なんだけど、仕事が続かなくて心配だった。光が見えてきました」
◇ ◇
障害者の就労支援に携わる甲府圏域地域療育コーディネーターの出口幸英さん(38)は「一概には言えないが、知的障害は単純作業を長時間続けられる特性がある。精神障害者も、短時間なら障害のない人と同等の仕事ができる」と話す。
ただし、周囲の理解と支援が不可欠。それさえあれば、障害者が収益を生む事業を営むことは可能と出口さんは考えている。
実際、南アルプス市の「みらいコンパニー」は果物や野菜の生産・販売で収益を上げている。同市の「どんぐりの家」は「癒やし」ブームに着目。「コケ玉」を育てて販路を拡大しようとしている。
生き生きと仕事のできる確かな居場所があれば、本人も家族も希望を見いだせる。それを受け止められるかどうか、社会の側も問われている。【出典:毎日新聞】
自立とは、希望を持てるもの。見いだせるもの。しかし、この自立支援法は、子どもたちの未来まで奪いかねないもの
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