【連載】自立の現場 揺れる障害者福祉
平島龍磨(40)は分厚い板のようなウールの塊から、猛烈な勢いで繊維をむしり取り、ベルトコンベヤーに流し続ける。突然、ブザー音とともにコンベヤーが止まった。センサーが金属片の混入をキャッチしたのだ。平島はその部分を手際良く腑(ふ)分けして捨て、すぐに元の作業に戻った。前かがみのきつい姿勢が続き、滝のような汗が終始したたり続けた。
福岡県田川市の障害者授産施設「第2つくしの里」に通う平島は9月から2日に一度、施設が契約する寝具製造会社の工場に実習生として通っている。輸入原料に混入している鉄粉などの金属片を取り除くのが仕事だ。午前10時から午後3時まで働き、1日約300キロの繊維を処理する。35歳、平島は進行性の脳障害を発症した。「受信状態の悪いテレビ画面のように視界が常に上下に揺れる」。それまで金属加工工場などで働いていたが、就業は困難になった。車の運転免許も失効した。「何とか働きたい」と昨春から通い始めたのが「つくしの里」だった。
寝具工場に行かない日は朝から施設でクッキーの生地をこね、型を抜き、焼き上がりを袋に詰める。最初は戸惑ったが、今では慣れ、「楽しいと思えるようになった」とほほえむ。
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平島が受け取る月収の内訳を教えてもらった。
クッキーなどの売り上げを原資に施設が支払う工賃が月7600円。100円の時間外手当を得るため、約40分掛けて自転車で通い、始業より一時間早く仕事を始めるが、それでも工賃は9000円を少し超える程度という。もう1つは寝具工場から受け取る日給2100円。月収総額は3万円余りで、家族と同居しなければ暮らせない。
逆に平島が施設側に支払う金には給食費などのほか、「施設利用料」がある。2006年の障害者自立支援法施行で新たに設けられた「応益負担」である。
施設を利用することで障害者が利益を受けているとみなし、その費用の一部負担を障害者に求めるようになった。平島の場合、通い始めた当初は月に7500円。段階的に減額され、今夏から1500円になったが、「働くのに何でお金を払うのか」という割り切れない思いはくすぶり続けた。
今年9月、障害者や施設関係者と県との懇談会が県庁であり、平島も出席した。障害者サイドから「応益負担」への批判が続出する中、「施設は訓練の場。利用すれば利用料が生じる」という県担当者の言葉に、会場は騒然となった。平島も怒りが込み上げた。「県の言い分はどうしても納得いかない。僕たちは働いているんですから」
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10月31日、障害者自立支援法が掲げる応益負担を違憲とする全国一斉提訴が行われた。平島は九州では唯一の原告として名を連ねた。
裁判で原告側は(1)障害者が福祉施策を受けるのは憲法が規定する生存権(健康で文化的な生活を営む権利)、不平等の是正、幸福追求権に基づく権利(2)福祉施策は障害者が他に比べて失っているものを補完するものであり、利益ではない?と法律の違憲性を指摘。さらにこう訴える。
「障害者が障害を負っているのは自己に責任があるからではない。ある障害が1%の確率で生じるならば、他の99%は障害者とならなかった利益を受けている」。裁判を通して問われるのは、障害者福祉の理念そのものといえる。
福岡地裁で記者会見に臨んだ平島は、「仲間のためにも全力で闘う」と誓った。会見を終えると、障害者の仲間が平島に歩み寄り、色紙を手渡した。寄せ書きにあったメッセージの1つ?。
〈心は1つ。一緒に頑張ろう〉 (敬称略)* *
障害者自立支援法の本格施行から約2年がたった。「応能負担から応益負担へ」「施設から地域へ」「障害者施策の一元化」といった目的を掲げた新法は、障害者福祉の流れをどのように変え、障害者に何をもたらしたのか。「自立」の現場を歩く。
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●障害者自立支援法メモ
▼応益負担 障害福祉サービス費の利用者負担は以前もあったが、所得に応じて金額が決まる「応能負担」で、実際は多くの障害者が免除されていた。
障害者自立支援法は費用の9割を国と地方自治体が負担すると規定。残りの1割を利用者が受けたサービス量に応じて負担する「応益負担」となった。施設の給食費なども実費を利用者が別途負担する。結果、利用者の9割に負担が生じている。
低所得者層に配慮して、所得に応じた負担上限額が法施行令で定められた。だが、負担を理由にサービス利用を中止したり、控えたりする人が続出、国は負担上限額を引き下げる措置を相次ぎ打ち出した=図参照。ただし本年度末までの時限措置。国は09年度以降も継続見込みとしているが、不透明だ。
福岡県古賀市の障害者支援施設「なのみの里」に入所している溝口健(47)は時々、人が変わる。険しい顔で仁王立ちの彼はその時、テレビドラマ「西部警察」の大門団長なのだ。両手に抱えた想像のショットガンを凶悪犯に向け、引き金を引く?。
知的障害のある健は8年前の施設開所時に入所した最古参。施設では「さをり織り」の作業に就き、食事も入浴も1人でできる。玉にきずは「変身」と「お金」が理解できないことだ。父(80)と母(77)によると「10円玉5枚と50円玉1枚が同じということが分からない。だから買い物がまったくできない」という。
今春、施設は障害者自立支援法に基づいて新体系に移行した。入所者全員の障害程度区分が判定された。重度障害を想定した施設入所サービスは7段階の区分の「4」以上でないと受けられない。健の区分は「2」だった。法に従えば健は退所となる。
両親は慌てて施設に飛んでいった。「経過措置で入所中の方は継続入所できます。今後もお世話させていただきます」という職員の説明に、2人はほっとして「よろしくお願いします」と深々と頭を下げた。しかし、経過措置は2011年度末までで、その後は不透明という。再び心が曇った。「私たちも先は長くない。施設を出されたら、息子はどうなるのか」。老いた父母の苦悩が続く。
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「施設から地域へ」。障害者自立支援法が掲げる理念は、施設に頼りがちの障害者福祉に変更を迫り、施設を軸に将来設計を描く当事者を大きく揺さぶっている。
重度の知的障害のある潮田孝子(19)はこの春から、近くの授産施設に通っている。母の静子(46)は10年も前から、福岡市西区にあるこの施設に心を決めていた。特別支援学校小学部のころに見学し、年齢も障害もさまざまな通所者が一緒に活動する、明るく開放的な雰囲気が気に入った。通所のため、早良区から園に近い今の家に引っ越した。「にぎやかな場所が好きな孝子にぴったり。いろんな仲間から刺激を受けながらゆっくり成長できたら良いなって」
しかし、念願の通所が決まった後の説明会で、静子は職員の話に言葉を失った。「継続した支援ができるか分かりません」と言うのだ。この4月、新体系移行に伴い、孝子たち新通園者5人は「生活訓練事業」を受けることになった。しかし2年間限定。その後は「生活介護事業」に移れるが、そこは従来の通園者で既に定員いっぱい。2年後に「空き」がなければ、行き場はない。
「障害者を施設にいたずらに滞留させないという法の理念は分かるし、施設側も反省すべき点は多い。だがあまりに性急だ。理念と現実のはざまで行き場を失う方もいる」と園の職員は漏らす。戸惑っているのは当事者だけではない。
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「ゆっくり、焦らず」。孝子と向き合うとき、静子はいつもそう自分に言い聞かせてきた。
特別支援学校のころ、母子の目標は「自力通学」だった。地下鉄を使い、通学路を歩いた。目標は達成できず、高等部卒業までの5年半、2人で行き来した。地下鉄の車内で声を上げたり、動き回ったりする孝子を思わずしかったこともある。その度に「ゆっくり、焦らず」と自分に言い聞かせた。
今の目標は「自力通園」。ようやく、正門で別れるようになったが、道のりは遠い。「たった2年の『生活訓練』でどんな結果を出せというんですか…。私は娘の成長をもっとゆっくり見守りたいんです」
1年半後、母子は園を去らねばならないかもしれない。もう次の施設を探した方がいいのかもしれない、とも静子は思う。しかし、まだ動き出せないでいる。 (文中仮名)
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●障害者自立支援法メモ
▼事業の再編 障害者自立支援法は障害種別にばらばらだった障害福祉サービスを一元化し、「施設から地域へ」の理念を軸に、必要な自律訓練や就労移行支援などの機能強化を図るため、事業体形を抜本的に再編した。
特に変わったのは施設サービス。入所施設の機能は日中の「生活介護」や夜間の「施設入所支援」に分割され、障害程度区分による制限が設けられた。授産施設の機能を引き継ぐ「就労継続支援」には「就労移行支援」(2年間)を経るか一般企業での就労経験が必要とされるなど、地域生活や就労を促す仕組みが随所に施されている。各事業者は2011年度末までに新体系に移行しなければならない。
午後6時。夕食はいつものように静かに始まった。世話人が作ってくれたおかずは野菜と豚肉のいため物に、ポテトとサンマの卵とじ。「結構、ボリュームあるね」。食卓を囲む4人はぽつりぽつりと言葉を交わしていたが、やがて2人が少し議論になった。
「僕の人生は遠回りばかりですよ。近道が全然見つからない」「人生、無駄なことはないって。遠回りと思ってもそれが近道かもしれない」「よく分からない。もういいや、その話は」
福岡市中央区のグループホーム「あおぞら」は2006年春に開所した。古びた2階建て民家と近くのアパートに計6室があり、精神障害のある5人が共同生活を送る。
「人生遠回りばかり」と言い「もういいや」と議論を切り上げた宮下慎吾(34)=仮名=は開所時から入所している。「他の入所者とはあまり話さないようにしている。トラブルになりそうで」
20歳で統合失調症を発症。7カ月の入院と7年間の引きこもりを経て、6年前からあおぞらを運営する社会福祉法人の作業所に通っている。
「1人である程度対処できるようになりたいと思ってここに入ったんですが…」。薬のせいか、いつも昼前まで起きられず、調子が悪い日はそのまま部屋にこもる。金銭管理も苦手で、通帳は世話人に預けている。
それでも、施設の食事のない週末にはチャーハンやフレンチトーストを自分で作れるようになった。「いつか仕事をして自分で暮らせるようになりたい。今はその練習だと思っています」
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あおぞら世話人の三宅良幸(42)は開所以来、施設の居間に毎晩寝泊まりしている。世話人の勤務は本来、平日午後1?5時と、入所者の相談に応じる午後7?10時の見守りの時間帯。「宿直」は事実上のボランティアだ。
「軌道に乗るまで」のつもりだったが、相次ぐ“事件”に続けざるを得なくなった。
ある日、入所者が不意に姿を消し、3日間帰ってこなかった。障害基礎年金や両親からの仕送り全額を衝動的に通帳で引き出し、関西に出掛けたのだ。放浪はその後も何度か起きた。夕食まで元気だった者が自室に戻り、しばらくして症状が激しくなり、そのまま入院したこともある。
「ふとしたことで状態が一変する方も多い。目が離せないんです」。三宅が自宅に帰るのは月2回ほどだ。
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「ここで暮らすことで、生きるって楽しいということを知ってほしい」。三宅は入所者にしばしばそう語りかける。そのための演出を常に心掛けてきた。入所者が納める月1万円の食材費をやりくりして毎月、皆で外食に出掛ける。誕生日にはささやかなお祝いをする。今年5月には入所者たちと韓国・プサンへ1泊旅行にも行った。
しかし、グループホームの運営は厳しい。補助金は月約27万円に固定されていたが、障害者自立支援法施行後は「応益負担」により、入所者の帰省・入院期間中は施設収入が減る仕組みになった。減収となる施設が続出している。
開所以来、あおぞらは常勤の三宅がすべて1人で切り盛りしていた。だが、施設の毎月の収入は20万円をやっと超える程度。三宅の保険料などを支払うと赤字だった。法人は6月、三宅を別の施設の常勤とし、あおぞらは三宅を含む6人の非常勤で運営する体制に切り替えた。
先日、三宅は県庁を訪ねた。世話人の体制を聞き、担当者が言った。「常勤がいた方が良いんですけどね」。三宅は経緯を丁寧に説明した。担当者は苦笑いするばかりだったという。 (敬称略)
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●障害者自立支援法メモ
▼グループホーム 障害者が地域で自立した生活を送るのに必要な支援を行う事業としてグループホーム(共同生活援助)とケアホーム(共同生活介護)がある。相談や日常生活上の援助を行うほか、より重度の障害者を想定したケアホームは食事や入浴などの介護も行う。障害者自立支援法が掲げる「施設から地域へ」の理念を実現する受け皿として期待されるが、その数はまだ不足している。原因として施設側の報酬が低く、運営が困難であることが指摘されている上、既存の民家やアパートを事業者が借り上げて利用する例が多いため、特に都市部では事業者側の初期投資の負担が大きいという。また、利用者は施設利用料の1割負担(所得による減免措置あり)のほかに家賃や食費などの実費負担があり、障害基礎年金だけの収入では利用が難しい実態もある。
棚田の頂きに立つと、山並みの稜線(りょうせん)が視界に広がる。見下ろせば、田畑が続く先のくぼ地に、数軒の民家が寄り添っている。紅葉は盛りを過ぎ、山には冬の気配が漂う。
後藤崇(42)=仮名=はこの集落で72歳の両親とともに暮らしている。小さな田畑を耕す傍ら、福岡県黒木町の作業所「茶の実」に通う。作業所まで車で約一時間。毎朝、険しい谷沿いの道をうねうねと下る。
高校卒業後、県外の工場に就職したが、軽度の精神障害を患い、1年で帰郷した。町内のパチンコ店に住み込みで働いたこともあるが、うまくいかなかった。
現在の収入は障害基礎年金と作業所の工賃約4000円だけ。山の暮らしに車は欠かせない。月2回通う八女市の病院は、作業所からさらに30分かかる。ガソリンが高騰した今夏は燃料代が月1万数千円も掛かった。
コメも野菜も自給自足とはいえ、それだけでは暮らせない。父母は土木作業や農産品加工場で働きやりくりしてきた。
「仕事に就かんと食べていけんしねえ。お嫁さんも来てほしいけど…。この子のことを考えたら、死ぬに死ねんですよ」。そう語る母の目がにわかにぬれた。隣で崇は黙って聞いていた。
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「茶の実」は黒木、星野、矢部、上陽(現八女市)4町村の精神障害者家族会が1999年に設立した。この地域では唯一の作業所だ。
10人前後の利用者全員がマイカーで通う。「車がないと通所は無理」と所長の向剛毅(77)は言う。路線バスは便が少なく、片道三100?400円かかるところもある。身体障害者や知的障害者と違い、運賃割引がない精神障害者には大きな負担だ。
主な作業は町内の商店から受けた線香の箱詰め作業やちょうちん張りなどだが、収益は年間100万円足らずだ。「田舎はただでさえ仕事がないですもん」と向は話す。
昨年、「茶の実」は障害者自立支援法の新体系に移行し、「地域活動支援センター」に位置付けられた。移行は法人化が条件で、基本金1000万円が必要。地元の支援団体の寄付を取り付け、隣の八女市の作業所と運営を一体化することで、社会福祉法人格を取ることができた。
国、県、市町村から年約500万円あった補助金は激減した。新体系では市町村の財政規模に左右されるようになり、昨年度はわずか約350万円。本年度は交渉で50万円の増額を得たが、これ以上は「財政難で無理」という。
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向の父は1941年に統合失調症を発症し、入退院を繰り返した。障害への偏見がまだ根強い時代。苦労する母の背を見て育った。救いは晩年の父の姿だ。地域のゲートボールに通うようになり、94年に亡くなるまでの最後の十数年を自宅で穏やかに過ごした。
「父にゲートボールがあったように、障害者には受け入れてくれる場所が必要なんです」。「茶の実」は向のそんな思いの結実だ。
当時、この地域の精神障害者は病院のほかは行き場がなく、自宅にこもるしかなかったという。「安心できる居場所を作りたい」と家族が行政と掛け合い、設立にこぎつけた。入所者が増えると自腹で増築資金150万円を出し、必死で「居場所」を守ってきた。
だが、向も他の家族も年を取った。後継者がいなければ、利用者は行き場を失う。崇のように山間地の利用者は遠い街の作業所まで通わねばならず、自宅に閉じこもる日々に逆戻りしかねない。
「後を継いでくれる人はおらんですかねえ」。向は役場に行くたびに職員に相談するが、はかばかしい答えは返ってこない。 (敬称略)
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●障害者自立支援法メモ
▼小規模作業所 全国に約6000カ所を数え、障害者の地域生活や就労を支援する「地域に根差した福祉事業」として多様な機能を果たしてきた小規模作業所は、障害者自立支援法施行後、機能や規模に応じて新体系への移行が進んでいる。
移行先として最も多い地域活動支援センターは障害者に創作・生産活動の機会を提供したり、社会との交流を促したりする市町村の委託事業。国は同センターへの補助金の目安として、交付税措置による基礎部分(600万円)に加え、規模に応じて600万─150万円の国庫補助を実施するとしているが、実際の補助金額は市町村に委ねている。
小規模作業所として存続することも可能だが、各都道府県が実施していた運営費の補助金制度が相次ぎ廃止される一方、国が移行準備資金の助成制度を設けるなど新体系への移行を強く促す施策が取られている。
「今が一番、夢見る時期よ」。福岡市の主婦谷川小百合(43)は先輩ママからよく言われる。ダウン症のある二男(4つ)はゆっくりだが、確かに成長している。昨年5月、福岡タワーであった「階段のぼり大会」では自分の意思と足で577段を登り切った。何よりメロメロになるほどかわいい。「きっとこの子にしかできないやり方で多くの人を幸せにしてくれるだろう」と信じている。
そんな小百合も最近、不安に思うことがある。
二男が通う私立の知的障害児施設の先生が先月、退職した。4月に新卒で入ったばかりの男性の非常勤職員だった。
施設によると、退職の理由は「家庭の事情で、もっと収入が必要」。非常勤職員の給料は手取りで約12万円。その先生はその後、福祉とは無縁の仕事に就いたという。
2006年の障害者自立支援法施行に伴い、児童福祉法の障害児に関する部分が改正された。
障害児施設も「応益負担」が導入され、施設収入は「日割り」で計算されて、多くの施設が減収に見舞われた。小百合の二男の施設も約1000万円減り、職員の賞与カットなどで対応せざるを得なかった。
自立支援法施行とそれに連動した児童福祉法改正について、小百合は「複雑すぎてよく分からない」と話す。ただ、信頼する施設が四苦八苦する姿に疑問は募る。「どうして現場で頑張っている先生方が報われないのでしょうか」
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やっぱり母は来なかった。10月、鹿児島市の知的障害児入所施設の運動会。日ごろ、お笑いタレントのまねをして皆を笑わせる河本弥生(17)はさすがに寂しそうだった。「お母さんは夜、仕事だから。昼間は疲れて眠ってるもん…」
弥生は2000年、行政措置により、8歳で施設に来た。当時、母親は結婚と離婚を三度繰り返し、弥生を託児所に預けて別の男性と同居していた。措置を決めた児童相談所の所見には母親について「話を理解する能力に劣る」と記されている。託児所も「虚言が多い」と証言していた。
児童福祉法改正の影響は弥生の境遇にも、別の形で見て取れる。
障害児施設の利用は原則、行政による「措置」から、施設と保護者の「契約」に切り替えられることになった。弥生の施設は入所児約40人のうち弥生を含む12人について養育環境に問題があるとして「措置」の継続を児童相談所に訴えた。結果、措置が維持されたのは2人。後は契約に切り替えられた。弥生もその1人。契約になると、施設利用料や食費などの一部が「応益負担」となる。しかし、弥生の母親からの入金は当初から滞りがちで昨年7月から途絶えた。滞納は17万円に上る。
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弥生の母親は1年間まったく連絡が取れなくなったかと思うと、突然迎えに来て1週間ほど連れて帰る。弥生の話では、帰るたびに違う男性が同居していて、母親は毎日、朝帰りするという。その間、弥生は知らない男と2人、市販の弁当を食べて夜を過ごすのだ。
年ごろになった知的障害のある少女をそんな環境に戻すわけにはいかない。措置のころなら、施設側も「帰せません」と断れたが、契約になった今は無理を言えない。母親に「解約する」と言い出されたら元も子もないからだ。職員は「1泊だけにしてください」と懇願するしかない。
「もともと環境に問題があって入所した子ばかり。それを保護者の意思に任せる『契約』制度は国の責任放棄だ」。施設の職員は訴える。
鹿児島県内の知的障害児施設には4月現在、236人が入所している。うち措置はわずか8人。同県障害福祉課は「国が示した基準を適用した結果」としている。 (文中仮名)
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●障害者自立支援法メモ
▼障害児施設の契約制度 障害児入所施設の契約制度について、厚生労働省は「措置」とする場合の基準を(1)保護者が不在(2)保護者が精神疾患など(3)保護者の虐待などにより、入所が必要であるにもかかわらず契約締結が困難─の3点とする見解を示している。だが、実際の判断は各都道府県に委ねられており、大きな格差がある=表参照。また児童福祉法上の他の施設(児童養護施設など)は従来通り「措置制度」が維持されており、関係者からは「施設格差と地域格差の二重の差別」として批判が強い。厚労省の「障害児支援の見直しに関する検討会」は7月の報告書で、地域格差について「ガイドラインで判断基準を明確化すべき」と指摘したが、制度自体は「現行を基本にする」とした。
女性ヘルパーが日高恵美(39)の小さな体を抱えて、トイレからダイニングに戻る。テーブルにはヘルパーが作ったゴーヤーと豚肉のいため物の夕食が並んでいる。電動車いすに日高を座らせ、姿勢の調整を終えた午後7時半、一時間の家事援助が終了した。次にヘルパーがこの福岡県筑後市のアパートを訪
れるのは午後11時。それまで、日高は1人で過ごす。進行性筋委縮(いしゅく)症の日高は7年前、地元の国立療養所を出て1人暮らしを始めた。理事長を務めるNPO法人「自立生活センターちくご」で勤務する時間以外は、トイレも入浴も就寝中の寝返りさえもヘルパーの介護が必要だ。「24時間の介護がなければ1人暮らしなどできません」
障害者自立支援法に基づいて、筑後市が日高に給付する居宅介護サービスは月計120時間。日高はこれを平日は朝・夕・夜に計3時間半、休日計8時間に割り振っている。夜間の8時間は居宅介護ではなく生活保護制度の「他人介護」というサービスを利用する。福祉制度のネットを頼りに、細い綱から綱を伝うように生きる。それでも平日で3時間半、休日で8時間の「介護の空白」が生じ、トイレや体調を崩したりして、何度も知人を呼んだ。
日高は「時間を増やしてもらうよう何度も交渉したんですが、窓口担当者の答えは『市にもお金がない』といつも同じ」という。
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取材に対し、筑後市側は「利用者の実情に合わせて給付時間を決めている」と説明する。しかし、「自治体間で給付に格差がある」という声は少なくない。
同じ病気の高橋美紀(34)は25年間、日高と同じ療養所にいた。5年前に退所し、しばらく実家で母親の介護を受けたが、親子が1日中顔を合わす暮らしに「お互いストレスがたまった」という。1人暮らしを考え始めた高橋が耳にしたのは、「福岡市の方が給付時間が多い」という仲間の話だった。迷った末に家を出て、博多区に移り住んだ。
現在、高橋に給付されているサービスは重度訪問介護の約800時間。ホームヘルプ事業所で働く平日6時間を除いて、常時ヘルパーが付く。ベッド移乗に2人で1時間、トイレ介助も2人、入浴は2人で2時間。居宅介護より重度訪問介護の方が給付時間が多く、単純比較はできない。とはいえ、高橋に「転居が有利」と決断させた福岡市のサービスは、日高の目にも「夢のよう」と映る。
高橋の周りの重度障害者にも、市外出身者が多いという。「話してみるとみな、サービスを求めて移住したんです。本当はどこでも住みたい所に住んで、同じサービスを受けられるようになってほしい」。切実にそう願う。
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筑後市で暮らすことを選んだ日高に、23年間も過ごした療養所を出た理由を聞いた。
「療養所の中でふとした瞬間、10年先、20年先を考えました。想像できたのは同じ病棟で、退屈そうな顔をしている自分だったんです」。10年前、障害者が障害者を支援する今のNPO法人の仲間と出会った。皆が短い介護サービスの時間をやりくりし、自立して暮らしていた。「こんなことができるんだ、って新鮮だった。それでも自立の一歩を踏み出すのに3年も掛かりましたが…」
日高の病気は今も進行している。不安は常にある。それでも一度手にした「自由」を捨てて、施設に戻ることは考えられない。今は、仲間と一緒に頑張ろうと思っている。 (敬称略)
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●障害者自立支援法メモ
▼国庫負担基準 障害者自立支援法の居宅サービスにかかる費用は原則1割が自己負担。残りの額は国が1/2、都道府県と市町村がそれぞれ1/4を負担するが、国や都道府県が負担するのは「国庫負担基準額」の範囲内で、超過分は市町村の負担となる。このため、実際にサービス支給量を決める市町村には財政難から支給を抑制する傾向があり、自治体格差を招いているという指摘がある。
また居宅サービスのうち、重度障害者による長時間利用を想定した「重度訪問介護」は報酬単価が「居宅介護」(身体介護)の半額以下で、ホームヘルプ事業者にとっては「月500時間以上ないと採算が取れない」(関係者)。このため事業者側が敬遠し、利用が進まない面もあるという。
「おはようございます」。知的障害のある清永政利(33)と荒津孝志(22)が車両基地・JR九州南福岡電車区(福岡市博多区)で働き始めて2カ月。元気の良いあいさつは職場ですっかり有名だ。「『あいさつが大事』っていつも言われていますから」と口をそろえる。
2人は「ジェイアール九州メンテナンス」に3カ月の試行雇用で採用され、ゴミの分別などを担当している。「2人とも元気が良いし、まじめで素直」と職場の評価も上々で、同社は試行雇用期間後も契約社員として採用する予定という。
2人が通うNPO法人「福岡ジョブサポート」(同市東区)は「ジョブコーチ(職場適応援助者)付き就労」を事業の柱に据えている。就労意欲の強い障害者が職員(ジョブコーチ)とともに連携先の菓子店で一般の従業員と一緒に軽作業を行い、終業後にコーチから助言を受ける。2人もこのプログラムを経て、試行雇用に出た。
理事長の松本玲子(61)は「必要なのは作業の技術よりもあいさつとかまじめさなど基本的なこと。施設ではそれがなかなか身に付きにくい」と語る。これまでに26人を一般企業に送り出し、うち21人が離職せずに定着している。
1999年に作業所として始まった福岡ジョブサポートは昨年2月、障害者自立支援法の新体系に移行した。就労支援策強化を掲げる同法について松本は「当事者も私たちも『就職する』という目的意識がより明確になり、トレーニングに臨む姿勢も積極的になった」と好影響を指摘する。
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落ち着いた照明がおしゃれなカフェ「オリジナルスマイル」(同市東区若宮)は、社会福祉法人「福岡たちばな福祉会」が運営する知的障害者が働くための「就労移行支援」の事業所だ。
同福祉会は障害者自立支援法施行後、少しずつ事業を広げてきた。法施行で賃貸物件でも施設運営が可能になったことを受け、菓子工房を賃貸ビルに移転し拡大、カフェも料亭だった建物を借りて改装した。
事業拡大により利用者数は増え、補助金も年約4000万円から約7000万円に増えた。職員数は12人から倍増。収益も上がり、利用者の平均工賃も約1万円から約2万円にアップした。同会管理者の末松忠弘(36)は、「応益負担を除けば」という前提ならば、支援法を評価するという。
「法律を活用すれば就労や工賃増につなげることもできる。補助金に頼るだけの施設運営から、就労支援の事業経営に転換できるか。それが問われている」
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今秋、福岡市であった県中小企業経営者フォーラムで、末松は企業経営者たちを前に講演した。「福祉の人間に『商売』は難しい。企業にはボランティアではなく、ビジネス(仕事)として(障害者福祉に)かかわっていただきたい」。対して、経営者からは「欲しい人材を施設側は安定的にそろえられるのか」といった質問が上がった。
末松は講演後、「企業や地域の協力は不可欠。接点はあるはず。議論を重ねたい」と表情を引き締めた。施設から地域へ。支援法の理念は、福祉施設側の努力だけでは実現できない。 (敬称略)
=おわり
(この連載は江藤俊哉が担当しました。読者の声を踏まえた記者ノートを後日掲載します)× ×
●障害者自立支援法メモ
▼就労と工賃 障害者雇用促進法は民間企業(従業員56人以上)に障害者雇用を義務付けている。2008年6月現在、民間企業に雇用されている障害者は前年比7.6%増の約32万6000人で、雇用率は1.59%。法定雇用率1.8%を達成している企業は44.9%だった。障害者自立支援法の就労移行支援事業を経て一般就労に移行した障害者は同年4月現在、利用者の14.4%にすぎず、移行者が1人もいない事業所が全体の4割を占めている。
一方、07年度の全国の施設の月平均工賃は就労継続支援(雇用型)8万5000円▽同(非雇用型)1万3000円▽福祉工場12万8000円▽入所・通所授産1万3000円▽小規模通所授産9000円。
本格施行から2年余りを経た障害者自立支援法は、障害者福祉の現場に何をもたらしたのか。その一端を報告した連載「自立の現場 揺れる障害者福祉」(計7回)に対し、読者から意見や体験談が寄せられた。
〈体力に勝る息子は買い物先でほしいものがあると寝転んで親を困らせ、意思の交換ができません〉というのは特別支援学校高等部卒業を来春に控えた知的障害児の親。進路について夫婦で話し合いを始めた矢先に連載を読んだという。
障害者自立支援法による福祉事業の再編は特に施設サービスに激変をもたらした。施設入所は障害程度区分「4」以上でないと受けられない。区分「2」と判定され、入所の継続が危ぶまれる知的障害者の両親の苦悩を紹介した連載に対し、〈親御さんの苦悩はまったく同感〉と〈家族で息子を支えるのは当然かもしれない。でも家族は病気もできず、余暇も取れず、息子の将来を考えながら初老期を迎えるのはあまりに寂しく切ない〉との思いを記す。
転居により福祉サービスの地域格差に直面した読者からもメールが寄せられた。
脳性まひによる身体障害がある女性(29)は昨秋、家庭の事情で福岡市から他県に転居した。施設を利用しながら友だちと楽しく過ごしていた〈夢のような〉生活は、〈施設が少なく、とても選べるレベルではない〉転居先では望めず、今は病院のリハビリにしか通っていないという。女性は〈人生は1回。自分のライフスタイルとリズムがほしい〉と訴える。
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取材で出会ったある福祉関係者は自立支援法がもたらした変化を、「障害者は福祉によって守られる存在から、福祉サービスを買う存在になった」と表現した。
「応益負担」「施設から地域へ」「就労支援の強化」などを柱に据えた同法が描く「自立した障害者」像とは、自由な意思に基づき、自分の能力と資力に応じた福祉サービスを消費しながら、住む場所を選び、仕事に就く?。そんな姿だ。
しかし、現実には障害者には福祉サービスを「買わない自由」はない。障害の種別や程度は1000差万別で、一律の「区分」分けでサービス利用を制限する現状には問題がある。自治体の財政規模や施設の偏在など地域格差も厳然と存在する。就労の機会は依然として乏しい上に賃金水準は低い。
障害者自立支援法の本当の狙いが、国の財政負担軽減にあるとの指摘は今も根強い。「自立支援」が「自立の強要」であってはならない。【出典:西日本新聞】
選挙の名の下に、いま自立法が見直されている。しかし、これは、総括もないままのものだ。いまだからこそ、きちっと冷静な論議のもと総括が必要である
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