2兆円あったら
・上 安心して産みたい
国民からも自治体からも、とかく評判の良くない「定額給付金」。日本を元気にするのなら、1人1万2000円のバラマキよりも有効な使い道はないのだろうか。例えば2兆円あれば、こんな問題も解決できるはず??。暮らしの中から考えてみた。
◆提案
◇医師らの年収保証、空きベッドの確保を11月末、東京都港区のヨガスタジオ。体操をしながら出産日を待つ母親たちが不安を口にした。
「2人目も欲しいけど、病院や産科医が増えてくれないと」。半月後に初めてのお産を控える主婦(27)は、臨月のおなかをさすりながら訴えた。妊娠が分かった時、自宅近くの産婦人科に行ったが、「今年から産科はやめた」と言われた。次に探した病院も「分娩(ぶんべん)は予約がいっぱい」と断られ、三つ目で受け入れてもらった。
「家に一人きりでいる時、急に何かあっても救急車が来てくれるかどうかわからない。どうしたらいいのでしょう」
◇
今秋、脳内出血を起こした東京都内の妊婦2人が産科救急の「最後のとりで」の病院に相次ぎ受け入れを断られて死亡、重体となった。もはや東京も安全にお産ができる街ではない。地方都市はさらに厳しい状況だ。
北海道函館市の総合病院「共愛会病院」。福島安義院長(66)はただ一人の産科医として、今年6月から24時間態勢で緊急の呼び出しに備えている。5月まではもう1人産科医がいたが、その医師が産科医不足の道内の別の病院に移ったためだ。
共愛会病院には陣痛から分娩、出産直後の回復時まで、同じ部屋で過ごせる特別室がある。通常は陣痛室、分娩室、回復室とその都度部屋を移るが、ここでは家庭的な広い個室で家族が立ち会い、助産師の主導で赤ちゃんが自然に生まれてくるのを待つ。評判は広がり、お産の予約は来年6月まで入っている。
共愛会病院の分娩件数は月10?15件。リスクの低いお産を扱い、忙しい時は系列の病院から助産師や医師の応援を得てしのいでいる。福島院長は「特別室は市内でうちにしかない。私が働けなくなると、妊婦さんが自分に合ったお産ができなくなる。60代になって24時間態勢で働くのは大変なストレスだが、期待は裏切れない」。携帯電話が鳴れば未明でも車を運転し、病院に駆けつける。
◇
産科医激減で、地域の中核病院での分娩ができなくなってきた。その結果、本来はハイリスクの出産を扱う「総合周産期母子医療センター」がパンク寸前になっている。さらに、総合周産期母子医療センターは極めて重症な母子をともに救急できる施設ばかりではない。早産や未熟児の救急だけで、重度の母体救急に対応できない施設もある。
妊婦が受け入れられない事態をなくし、安全なお産を実現するためには、どうすればいいのか。国立成育医療センターの久保隆彦産科医長は「2兆円あればその態勢を整備できる」と話す。全国の産科救急システムに医師、看護師、助産師を確保し、ハイリスクのお産を扱う施設に母子1床ずつ空きベッドを設けるのだ。
具体的にはまず、ハイリスクのお産に対応できる施設を(1)母子救急型(2)新生児救急型(3)母体救急型の3タイプに分ける。中程度のリスクがあるお産には、中核病院でもある地域周産期母子医療センターが対応できるようにする。これら4タイプ計500施設に医師(計約1万人)、看護師(同1万2000人)、助産師(同2000人)を当直させる。
産科救急には産科医、新生児医、麻酔医、救急医が必要で、既存の母子救急型と新生児救急型に重点配置する。医師には月6回の当直で年収2000万円を保証。看護師、助産師は月8回当直、年収1000万円とする。これで試算すると、人員確保の費用は年間3358億円、空きベッドの確保は年間71億円で、合計3429億円。2兆円あれば5?6年間続けられる。
07年の平均初産年齢は29・4歳。晩産化でリスクの高いお産が増えている。久保医長は言う。「産科医不足が根本にあり養成が不可欠だが、年収を保証すればやりたいと思う人が出てくるはずだ。早急に手だてを講じる必要がある」
◇人づくりに投資、失業者生まぬ仕掛けを
日本総研調査部長でチーフエコノミストの藤井英彦さんに聞いた??。
将来を見据え、何に投資すべきか。1人1万2000円の給付でないことは確かだ。自動車メーカーが派遣従業員らの解雇を進めている。世界同時不況の中、失業者がさらに増える可能性は大きい。
日本のように資源のない国は人づくりにお金をかけないと、将来はない。失業者が増えれば税収は減り、個人消費も落ち込む。生活保護世帯は増える。その悪循環を断つためにも、良質の雇用を生み出す仕掛けが必要だ。
デンマークでは94年の労働政策改革後、雇用情勢が画期的に改善した。各企業のニーズとマッチした職業訓練を個別に行うなどの施策を進めた結果、失業率は先進国中ノルウェーに次いで低く、高所得者が増えている。こうした施策に対し、デンマークは対GDP比で1・04%、ドイツも0・5%の税金を使っているが、日本はわずか0・04%。ドイツ並みにするには2・5兆円が必要だ。エネルギーの約9割、食料の6割を海外に依存している状態も危うい。独自のエネルギー政策、自給率アップに本腰を入れる予算も、ぜひ確保してほしい。
・中 高齢者の「足」守って(1/2ページ)
◆提案
◇通院・買い物に、送迎サービス充実を終点の停留所は山あいの限界集落にある。兵庫県豊岡市の但東町薬王寺地区。48世帯125人が暮らし、高齢化率は55%。車を持たないお年寄りにとって、路線バスは欠かせない「足」だった。
そのバスが9月末でなくなった。同県北部で運行していた全但(ぜんたん)バスが4市町の赤字21路線を休止したためだ。豊岡市内にはこのうち11路線が走る。会社が休止を打ち出した昨秋、市には住民からの不安の声が相次いだ。
自治体は急きょ代替交通手段の確保に奔走し、豊岡市は10月から「イナカー」と名付けたコミュニティーバスを導入。それでも便数減や利便性の低下は避けられなかった。
「乗り継ぎが悪くなって、2時間待たされたこともある。元気なうちはここで暮らしたいけれど、出かけるのがおっくうになってねえ」。バス停の約300メートル先に住む大月千代さん(79)は畑仕事の手を休め、つぶやいた。1人暮らしで、白内障や歯の治療のため月2回ほどバスで通院している。以前は路線バスで病院まで直行できたが、今は乗り継ぎが必要になり、弱った足腰には応える。
イナカーは運行を業者に委託しており、委託料は半年間で4600万円。運賃収入を除く半額は国が補助するため、市の実質負担は半年で1800万円程度と見込まれる。しかし、国の補助は3年が限度で、利用者が増えないと廃止される恐れがある。中貝宗治(なかがいむねはる)市長は「高齢者の足は守りたいが、市財政も厳しい。国に2兆円あるのなら、公共交通の充実など、地域の未来につながることに投じてほしい」と語気を強める。
バス業界の規制緩和や自治体の財政難を受け、全国で赤字路線が消えている。国土交通省によると06年度の廃止路線は距離換算で約1万2000キロ、前年度より4000キロ増えた。廃止後のコミュニティーバスすら赤字という所が大半だ。
高齢者の足を守る方策はあるのか。公共交通に詳しい首都大学東京の秋山哲男教授は「効果の期待できない定額給付金より、2兆円はST(スペシャル・トランスポート)サービスに使えばいい」と提案する。
STサービスとは、バスや鉄道の利用が難しい高齢者・障害者のために小型車両などを運行し、通院や買い物に利用してもらう施策だ。秋山教授によると、国内ではNPOなど約2000団体が取り組んでいるが、「他の先進国とは対照的に公的な補助がほとんどないため、普及しない。欧米では人口の2?5%が利用している」と指摘する。
例えば米国のサンフランシスコ市。78年からSTサービスを実施し、配車センターに連絡すると自宅まで迎えに来てもらえる。利用者は人口の約2・3%に当たる約1万7000人。年間の利用回数は1人平均約70回。運営費は約23億円(05年)で、うち9割近くは連邦政府と州政府の負担だ。日本ではほぼ同じ人口の東京都世田谷区でも12団体が実施しているが、区の補助は約2000万円だ。
秋山教授の試算では、人口の2?3%が移動困難者で、このうち最も移動が困難な1%、約120万人が週1回ペースで3000円分のSTサービスを利用した場合、総額で1800億円かかる。2兆円あれば11年間は全額補助が可能だ。
介護予防など波及効果も期待できそうだ。兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所の北川博巳(ひろし)主任研究員も「高齢者の外出機会が増えれば生きがい作りになる。地元商店街も活性化し、運転が危なくなった高齢ドライバーによる事故も減るでしょう」と話す。
・下 安定雇用の促進を(1/2ページ)
◆提案
◇「トライアル雇用」奨励金を拡充「派遣先が『仕事がない』と言っている」。10月29日、神奈川県内の自動車部品工場で働く派遣社員の男性(33)は派遣会社の担当者から突然、解雇を通告された。契約期間はまだ1カ月残っていたが失業し、寮も出なければならなくなった。
昨年初め、勤務先のパチンコ店が閉店。携帯サイトで仕事を探し、今夏までは別の工場で働いた。「派遣が手っ取り早い」と派遣会社に登録。自動車部品工場でエンジン部品の検査を担当した。9月までは残業も多く月収36万円の時も。それが世界同時不況で一変、仕事は半減した。
両親、兄は既に亡くなっている。個人加盟の労組「首都圏青年ユニオン」に相談し、NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」を紹介された。今は、もやい協力者のアパートに身を寄せる。男性は「派遣はしょせん『人売り』、暇になれば削られる。もうやりたくない」と話すが、新たな仕事の見通しは立っていない。
個人加盟労組が集まる全国ユニオンが11月末に開設した「派遣切りホットライン」には、2日間で472件の相談があり、うち219件が男性のような契約中途解除だった。
総務省の労働力調査によると、「非正規労働者」は07年に1732万人と、97年の1・5倍に膨らんだ。雇用者全体に占める割合は33・5%だ。だが、厚生労働省が「現在の就業形態を選んだ理由」を尋ねた昨年の調査では派遣や契約社員の約3人に1人が「正社員として働ける会社がなかった」と回答。消極的な選択がうかがえる。
12月1日、首相官邸。麻生太郎首相は経済団体幹部との懇談で「ロストジェネレーションと言われる、25?40歳。そういった世代を正社員にしていただいた場合に補助金を出している」と、常用雇用の促進を求めた。
その一つが「トライアル雇用」の奨励金だ。3カ月の間、試験的に雇用した事業者に、雇用1人当たり月4万円を給付する。事業者はトライアル雇用を踏まえて本採用するかを決められる。07年度は35歳未満で3万6192人が試み、8割以上という高率で常用雇用に移行した。
この12月には雇用対策の一環として、若年向け制度の年齢制限を35歳未満から40歳未満に緩和した。ただ、事業費は首相が吹聴するほど大きくなく、1次補正後で約68億円、7万人分にとどまる。
労働力調査では、07年の40歳未満の非正規雇用は約740万人に上る。うち正社員を望んでいるとみられるのが約3割。この222万人全員をカバーするのに必要な事業費は年2200億円だ。
企業の業績悪化が進み、不況色が強まる中、産業界にはもはや安定雇用のパイは広がらず、政府の雇用促進策には限界があるとの見方が広がっている。
開けつつあった非正規雇用から常用雇用への道は断たれてしまうのだろうか。
トライアル雇用を利用する東京都内の電機部品メーカーの人事担当者は「奨励金が月給の半額あれば、もっと積極的に雇用できる」と語る。社会保障費などの事業主負担も見込み、奨励金を今の3倍の月12万円に拡充してはどうかとの現場の声だ。必要な事業費は年6600億円。2兆円あれば、「全治3年」と首相が言う日本経済再生の日まで、多くの非正規労働者が十分な挑戦の機会を得られる【出典:毎日新聞】
この声。どれだけの政治をしている人たちに届いているのだろうか
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