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介護施設で老いを考えた:/10 特養ホーム

◇要介護度が重い人の施設

 衆院選報道などで中断していた介護施設の企画を再開したい。

 前回の「グループホーム」に続き、今回は「特別養護老人ホーム(特養)」を訪ねた。

 特養は、要介護度が最も重い人たちが入る施設である。

 宮崎市高岡町にある辰元グループの特養「裕生園」は定員70人の高齢者を介護職員34人、看護師4人で介護している。

 要介護度5や4の重い人が中心だが、要介護度1の人もいる。

 介護度が軽い人たちは主に00年の介護保険の発足以前からの入所者だ。介護保険以降、すべての高齢者は要介護度で分類されるようになった。それは、特養の入所者も例外ではなかった。特養にいるのに、実際に審査してみると、軽い介護度の人もいた。しかし、すでに入所していて、ほかに行き場のない入所者に今さら「他の施設へ移って」と迫るわけにはいかなかったのである。

 入所者70人は、数人を除き、ほぼ全員が認知症だ。介護度別に4グループに分けて介護している。最も症状の重いグループは、寝たきりで食事や排せつに全面的な介助が必要だ。一方、最も軽いグループの中には一人で歩ける人もいる。

 入所費は各種の介護施設の中で最も安い。介護保険や行政の支援が手厚いからだ。条件によって異なるが、最低だと月に約4万円ですむ。

 ただし最も重症の高齢者が入る施設だけに、元気になってここから退所する人は例外である。入所者のほぼ全員が、死を迎える直前まで入所している。「直前」という意味は、危篤状態になれば隣接する老人病院などへ搬送されるからだ。だから、この老人病院との連携は欠かせない。毎日、入所者一人一人の体調をチェックし、病院へ報告する態勢を取る。

 高齢者が寝たきりになるには、いくつかの原因がある。一つは脳卒中などの脳血管障害による。これは半身不随などの症状が出る。発症直後にリハビリなどで回復を図るが、約4カ月で症状は固定化する。この時点では車いすなどを使えても、その後に病状が悪化すれば寝たきりに近づく。

 もう一つはアルツハイマー病などの認知症による。脳組織の変性が進み、認知症の進行と並行して、体の筋肉への命令もできなくなってくる。やがて寝たきりになり、最後は物を飲み込む運動神経もマヒしてしまう。

 このほか、足の骨折などが引き金になって足の筋肉が弱り、寝たきりになるケースもある。

 寝たきりの入所者たちは4人相部屋のベッドの上で一日を過ごす。車いすなどで動ける入所者たちは、昼間は特養の広いホールで、談笑したり、ボール遊びをして過ごしている。夜は3?4人の相部屋で眠る(一部には個室もある)。

 平穏に見える中で、実は生きるための格闘が日々展開されている。特養の日常へ分け入ってみよう。

◇とても重労働な入浴介助

 「本当は入所者の入浴回数をもっと増やしてあげたい。しかし今の陣容では1人週2回が限界です」

 宮崎市高岡町の特別養護老人ホーム「裕生園」(定員70人)の介護主任、甲斐ミツ子さん(61)は言う。

 「入浴は週2回」と聞いて「少ない」と思う読者もいるだろう。

 ただ、職員にとって入浴介助は大変な重労働でもあるのだ。入浴介助は、広い浴室で高齢者の体を洗い、バスタブに入れる「中介助」と、脱衣所で衣服の着脱やツメ切りなどをする「外介助」の2班に分かれて行う。

 つらいのは中介助だ。入浴介助用のイスに座ってもらい、高齢者の体を洗っていく。職員はTシャツに半ズボン姿で、大きなエプロンをつけて介助する。入浴中でも大便が止まらない入所者もおり、便が足元に落ちてくる。蒸し風呂のような暑さと悪臭で、頭がくらくらしてくるという。甲斐さん自身、途中で気分が悪くなり、洗面所に走った経験もある。

 職員の足もとはゴム長靴だが、この中に湯がジャブジャブ入り込んで気持ちが悪い。そこで今年7月からゴムぞうりにはきかえた。甲斐さんが以前働いていた別の特養でもゴムぞうりだった。

 蒸れる長靴よりゴムぞうりの方が快適だが、欠点もある。足がむきだしだから浴場で足をけがする恐れがあるのだ。甲斐さんも入所者の水虫を素足にうつされたことがある。入所者の中には肝炎などの患者もいる。潜血の混じった大便が職員の素足についた時、傷から感染する恐れもある。職員が媒体となって他の入所者に感染が広がることだけは何としても防がなければならない。

 入浴用のイスに座れる人の介助はまだいい。体がまったく動かせない入所者もいる。職員が2人がかりで体を持ち上げ、特殊な浴槽を使う。巨大なバスタブの中央部に平らな寝台があり、その寝台の支柱が機械で上下に動く。寝台に人体を横たえると、支柱が下がり始め、寝台ごとバスタブの湯につかる仕組みだ。

 全職員が交代で、この作業を毎日2時間近く続けている。その結果としての「週2回の入浴」である。入浴を極度に嫌がる入所者もいるが、何とか説得して全員を入浴させる。これも、不潔な入所者からの「施設内感染」を防ぐためだ。

 重労働ではあるが「入所者の『気持ち良かったよ』という笑顔一つで職員の疲れは吹っ飛ぶものです。単純だと思われるでしょうが、介護職員にはそんな人たちが多い」と甲斐さんは語るのだ。

◇食事は生き抜くための格闘

 特別養護老人ホームの日々の暮らしの中で、1日3回の食事は、おそらく最大の行事である。

 宮崎市高岡町の特養「裕生園」の朝食は午前8時、昼食は正午、夕食は午後6時である。

 入所者70人は介護度の軽重によって4グループに分かれ、大きなホールに集まり、一緒に食事をする。

 車いすの人はテーブルを囲んで食事をしている。寝たきりの人もベッドごとホールに移動してくる。大勢での会食の雰囲気を味わってもらうためだ。寝たきりの一日は、天井を眺めているだけの退屈な時間になりがちだ。会食は貴重な刺激となる。ホールには4、5台のベッドが並ぶ。この人たちは電動式のベッドの腰から上を起こして食事を取る。

 私が訪ねた日の昼食は、ちらしずし、煮物、サラダ、みそ汁、デザートなどだった。栄養士が入所者一人一人の必要カロリーを計算し、高血圧や糖尿病など、各自の持病にも配慮したうえで味付けし、配ぜんする。

 各人のそしゃく力に合わせて食事の軟らかさも変わる。「普通食」「きざみ食」「極(ごく)きざみ食」「ミキサー食」「ペースト食」の5段階がある。「きざみ食」は料理全部を細かく刻んだものだ。さらに細かいのが「極きざみ食」である。

 なるべく自力で食べてもらうが、寝たきりの人には介護職員がスプーンで口に運ぶ。顔をしかめる老人の表情から「ほとんど食べられないのではないか」と心配したが、次々にスプーンを口に運んでもらい、ほぼ全員が残らず食べてしまった。食後のお茶も、のどにつまらせないようにゼリー状になっており、スプーンで口に入れてもらう。

 しかし、中には食事を嫌がる寝たきり女性がいた。口はきけない。無言のまま、迫るスプーンを両手で激しく追い払っている。甲斐ミツ子介護主任(61)は、女性の耳元で根気よく説得しながら、何とか食べてもらおうとしている。食べなければ衰弱するだけだからだ。甲斐さんの腕には女性がつけたツメ跡が何本もの赤い筋を作っている。

 結局、押し出し式の透明な器具にペースト状の料理を入れ、吸い口の先端を口の中に差し入れ、食物を押し込んだ。甲斐さんは腕をさすりながら悲しそうに言った。

 「本人が嫌がることは、私もしたくはないんです。しかし明日も生きてもらうための食事なんです。背景には長生きを望む家族の意向があります。つらいジレンマです」。これは虐待ではない。施設側と家族側が話し合った末の処置だ。スプーンを巡る30分に及ぶ格闘は、食事のたびに繰り返されている。

◇食事をめぐる人生最後の選択

 介護施設での食事介助は難問をはらんでいる。

 体力が衰え、食欲のない老人に、あえて食べさせるべきかどうか??。

 「本人が嫌がるから」と食べさせなければ体力は落ちる。逆に嫌がるのに食べさせれば、無理強いになりかねない。

 宮崎市高岡町の特別養護老人ホーム「裕生園」の元職員、三島英さん(38)は、つらい経験をしたことがある。その時、飲み込み力が衰え、ペースト食しか食べられない入所者の食事介助をしていた。老人は食事を嫌がっていたが、何とか食べてもらおうと、必死になだめながらスプーンを入所者の口に運んでいた。

 この日もやっとの思いで食事が終わろうとした時、入所者は食べた物をすべて嘔吐(おうと)してしまった。それまでの入所者の苦しみも、介助者の努力も、一瞬にして水泡に帰した。以来、無理強いはしないようにした。

 高齢者が体力を維持するのに必要なカロリーは栄養士が算定している。老いが進めば、体力は自然に落ちてくる。日々の食事にはそれを食い止める効果がある。食事自体が老いとの格闘なのだ。

 ペースト状の食べ物を口の中に押し込むポンプ式の介護用吸い飲み器も、多くの施設で使われている。これは本来、自力で飲み込めなくなった高齢者のために開発された器具だが、食事を嫌がる入所者には、こうした器具を使う以外に食べてもらう方法はない。ただ、これを使っても、抵抗されれば食事介助のたびに長時間かかるし、職員も疲れ切ってしまう。

 一方では、老人の意思とは無関係に栄養を補給する方法もある。チューブで鼻から栄養を補給したり、点滴による補給方法である。ただ、嫌がる老人がチューブを引き抜くことも多い。

 それを防ぐ最終的な手段が、腹に開けた穴から栄養補給のチューブを胃に直接通す「胃ろう」という方法だ。これで命を何年も保っている高齢者は多い。しかし胃ろうになれば、もはや食事を味わう喜びはなくなる。一日中寝たきりのまま、栄養補給を受け続ける。それでも生きたいかどうか??。難問である。

 入所者の生命にかかわる問題なので、施設側は胃ろうに踏み切るかどうかを、必ず家族に相談する。「少しでも長生きを」と願う家族に対して、私(記者)が胃ろうの是非を評することはできない。ただ、いったん胃ろうを始めれば、施設側が栄養補給を中断できないことは知っておいた方がいい。自発的な行為によって入所者の生命を奪うことになるからだ。

 誰しも認知症が進めば意思表示が難しくなる。延命処置をどこまで望むのか、自分が元気なうちに周囲に伝えておかなければならないと痛感する。

◇なぜ家族による介護は難しいのか

 大便にまみれながらの入浴介助、食べようとしない老人への食事介助など、特別養護老人ホームで展開されるプロの介護の現場を見てきた。

 では家族に介護が必要になった時、自宅なら家族はどこまで介助ができるのだろうか??。

 宮崎市高岡町の特養「裕生園」の介護主任、甲斐ミツ子さん(61)は、同居していた夫の両親をそれぞれ特養に預けた。甲斐さんは、プロの介護職員であるという自負もあり、義母が要介護度3になるまでは自宅で介護していた。しかし職務に加えた自宅介護は過酷な肉体労働だった。

 特養の仕事を終え、くたくたになって自宅へ帰ると、ここでも義母の介護が待っている。フロに入れ、排せつの世話をする。午前1時に床に就き、午前5時には朝の介護のために起きなければならなかった。自身の心の方が不安定になり、精神安定剤に頼った。

 結局、家族が共倒れになる恐れから、特養に頼ることになった。プロでさえ家族による介護は難しいのだ。なぜ自宅介護より施設に預ける方が主流になりつつあるのか。その理由を山井和則、斉藤弥生著「日本の高齢者福祉」(岩波新書)は4つにまとめている。

 (1)狭くて高齢者の部屋がない、車いすが使えないという住宅の壁がある(2)共働きによる介護者の不在、介護者の過労など介護力不足の壁がある(3)嫁と姑(しゅうとめ)の問題、みて当たり前という世間の目、介護の日々がいつまで続くのか、など精神的な壁がある(4)共働きをやめて在宅で介護するより、入所させた方が安いという経済的な壁がある??。

 甲斐さんは語る。「認知症が進むと元の性格が凝縮してきます。疑い深い人はさらに人を信じなくなり、頑固な人はもっと頑固になる。悪態をついたり暴れたりする認知症患者が自分の親だったら、それを冷静に見ていられるかどうか。体力低下を防ぐためとはいえ、食事を嫌がる親の口に食物を無理に入れられるかどうか。介護職員は『仕事だ』と割り切れるからやれる面が多いのです」

 仕事とはいえ、職員たちは入所者を一日も休まず懸命に介護している。一方、親を預ける家族にもさまざまな事情がある。その両者の気持ちがズレを生むこともある。

 遠方に住む家族が、久しぶりに施設を訪れて「親がこんなに衰えてしまったのはなぜなのか」と職員に冷たい視線を浴びせることがある。「親を思う家族の気持ちが分かるだけに正直つらい。しかし人が衰えていくのは止めようがない。私たちにできることは、入所者の状態の推移を家族に丁寧に説明することだけです」。甲斐さんは寂しそうに言った。

介護施設で老いを考えた:/15 特養ホーム/6 /宮崎
 ◇認知症と寝たきり、どちらがましか

 「もし神様から『長生きさせてやる代わりに、寝たきりか認知症のどちらかを選べ』と言われたらどちらを選びますか」

 これまで取材で出会った介護職員に私はこんな質問を繰り返してきた。

 この問いは、介護現場について多くの著作のある三好春樹氏の本に登場する。そして大多数の介護職員は「私は認知症の方がいい」と答える。

 宮崎市高岡町の特別養護老人ホーム「裕生園」の甲斐ミツ子介護主任(61)も同じだった。「認知症の方が本人の苦しみは少ないように思えるんです。不安から取り乱したり、異常な行動もあります。しかし子供のように純粋な面もある。笑顔もすばらしい。周囲の対応次第で気持ちを楽にしてあげられる可能性があるんです」。介護職員の努力次第で苦痛が軽減できるから「認知症の方がいい」と言うのである。

 ところが寝たきりは事情が違う。介護職員の努力で本人の苦痛を軽減させることは難しい。「体が動かせないため、あちこちが凝ったり痛んだりする。床ずれは防止できても、胎児のように手足を縮める格好に体が固まっていく『拘縮(こうしゅく)』は止められない。寝たきりの苦痛に対する介護の無力さを痛感します。少しでも心地よく過ごしてもらうよう気持ちを慰めるしかありません」

 しかし三好春樹氏のこの設問には意外なオチがある。認知症と寝たきりのどちらを選んでも、3年後には結局もう一方の症状が出てきて同じ結果になると言うのだ。

 認知症を選んだ場合を考えてみる。認知症老人が、徘徊(はいかい)を始めれば、家族や施設はそれを防ごうとする。施設の外に出られなくなれば次第に足腰は弱る。転倒して大たい骨を折れば筋肉も衰弱し、次第に寝たきりに近づく。アルツハイマー性の認知症の場合、脳の変性によって筋肉への命令ができなくなり、結局は寝たきりになる。

 逆に寝たきりを選んだ場合はどうか。終日ベッドから出られないから、じっと天井を見て過ごすしかない。何の変化もない画一的な時間が延々と続くと、脳は刺激を求めて幻覚を見せるようになる。「今」がいつなのか次第に分からなくなってくる。話し相手がいないと、人は独り言を言い始める。こうして結局、寝たきりのまま認知症が進んでいく。

 介護現場での職員の努力は、この二つがセットになるのをなるべく遅らせることを目指している。しかし、人が老い、衰えるのは自然の流れだ。いずれにせよ逃げ場はない。

◇つかんだ技術を次世代へ伝える

 さまざまな介護施設の中で、最も重症者が集まる特別養護老人ホームをこれまで見てきた。

 ここでは日常が死と隣り合わせだ。

 宮崎市高岡町の特養「裕生園」の甲斐ミツ子介護主任(61)は語る。

 「体が痛む入所者は『もう死にたい』とよく言います。ここに来る前に20年間働いた別の特養の場合、自宅に戻れた人はいません。退所するのは、いつも亡くなった時だけでした。私たちにできることは『もう死んだ方がましだ』と苦しむ入所者をなだめ、穏やかな終末期を迎えられるようケアすることだけです」

 確かに、体のあちこちの痛みに耐えながら、栄養補給によって生命を保つ入所者を見ていると、長寿の幸福とは何だろうか、と考え込まざるを得ない。取材の最後、甲斐さんに、あえて意地悪な質問をしてみた。

 「入所者は、来る日も来る日も同じような日常を送っています。死ぬその日まで、苦しみに耐えている時間のようにも見えます。人は全員死ぬわけですから『死を待つ』という意味では入所者も私たちも同じ立場ですが、必ず死ぬ人を介護する日々がむなしくなることはありませんか」

 しかし予期せぬ甲斐さんの返答に私は心を打たれた。「これまで100人近くの高齢者を私は施設で見送ってきました。回復を願ってどれほど手厚く介護していても、やがて人は死にます。全員死にます。しかしその死は無駄ではないと思います。介護を通じて私が学んだ技術や経験を後輩に伝え、形にして申し送っていくことで、見送った人たちの死も後世に生きてくると思うのです」

 甲斐さんは「個人」ではなく「人類」のスケールで生命を眺めているのだった。人は必ず死ぬ。個人の死は避けられない。しかし人類全体を眺めれば「よりよい介護」という箱舟に乗せて、故人の遺志を未来へ運ぶことができる。その時、生命は個体を超えられる。亡くなったAさんやBさんへの介護の経験は、これから施設へ入所するCさんやDさん、あるいはあなたや私の介護に生かすことができるのではないか??。こんな希望が介護現場で働く人たちを支えているのだろうか。

 甲斐さんは続けた。

 「自分が立ち会った臨終の場面はすべて鮮明に覚えています。女性の中には、好きだった着物を部屋に持ち込んだり、旅立ち着を自分で縫って準備した人がいました。私は厳粛な気持ちで女性の髪を整え、口紅を塗り、死に装束を整えました。男性の場合はヒゲをそりました。そして、みんな厳かに旅立って行きました。その人たちの最後の姿も未来の介護者へ伝えなければなりません」

 ただし、入所者の多くはこの特養で最期を迎えるわけではない。入所者が危篤状態になれば、隣接する老人病院などへ搬送される。この特養のほとんどの入所者は病院で死を迎えることになる。老人病院は生と死の境界に位置している。【出典:毎日新聞】

いまの特養が見えてきます。ぜひ、ゆっくり考えてほしいと思います

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