趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)

8 月 21 2008

介護施設で老いを考えた

Published by webmaster at 20:42:50 under NEWS Selection

/1 どの施設を選ぶか /宮崎
 ◇「入所まで長い順番待ち」は誤解

 今こうしている間にも、私たちは老い続けている。しかし、その老いの日々を過ごす介護施設をどれだけ知っているだろうか。特別養護老人ホーム、グループホーム、ケアハウスなど、施設の分類の仕組みは一見複雑だ。入所者の症状によって入れる施設は異なり、月々の入所費も違う。7種の異なる介護施設・病院を同じ場所で運営するのが宮崎市高岡町の辰元グループだ。同一条件下で各種の施設が比較できる所は県内唯一で、九州でも珍しいという。同所のさまざまな介護施設の内部を探訪しながら老いについて考えてみたい。

 多くの老人施設は「長い順番待ちをしなければ入れない」と思われている。ところがこうした先入観は誤解らしいのだ。同所の町浦尚美・支援相談員(38)は語る。

 「入所希望者は、さまざまな施設に対し『かけもち』で空席待ちをしています。だから施設側は何重もの重複希望者のリストを抱えているのです。ベッドが空いたら先着順に待機中の家族に連絡しますが『すでに別の施設に入りました』『本人は亡くなりました』と言われたりします。定期的にリストをチェックして重複者を消去しないと、架空の待機者はすぐに100人、200人へと増えてしまうのです」

 老人施設は多くの民間団体が運営している。だから需要と供給とのバランスが偏在することは起こり得ることだ。「近年、介護施設はあちこちにできています。しかも空きベッドは経営に響きます。『3年待ち』などの状態は考えにくいことです。長い順番待ちが必要だ、という先入観は捨ててほしい」と町浦相談員は繰り返す。

 「家族が最も心配するのは入所費です。1カ月4万円弱から20万円近くまで、入所施設の種類や本人の抱える条件によって決まってきます。入所が長期化すれば差額は膨大になるので『1円でも安く』が人情です。それに沿えるよう調整するのが私たちの役目です」

 介護保険の要介護のランクには「自立」から要介護1~5まであり、5が最も重症になる。5の人だと寝たきりで、自力での食事も難しい。要介護5や4の人は「特別養護老人ホーム」を勧められる。より軽い介護度の人には、リハビリなどをする「老人保健施設」がある。元気だが認知症のある高齢者には「グループホーム」がある。

 認知症がなく、介護度も低い人には「ケアハウス」がある。高額な入居費が払える人には「有料老人ホーム」がある。

 自宅から施設に通える人ならホームヘルプ、デイケア、ショートステイなどの支援がある。

 こうして並べられても、読者には分かりにくいだろう。これから、それぞれの世界をのぞいていくことにしよう。

/2 介護保険の衝撃 /宮崎
 ◇要介護度で高齢者のすべてを分類

 「介護保険が高齢者を取り巻く光景を一変させてしまった」とは、多くの施設関係者から指摘されることだ。介護保険が00年に始まる前、介護施設は事情のある人だけが入る所だった。「自宅で介護すべきなのに、親を預けて申し訳ない」というのが家族の気持ちだった。これに対して「気の毒な人を何とか助けてあげなければ」というのが施設側の気持ちだった。そこには福祉の精神が輝いていた。

 それが介護保険を境に変わった。すべての高齢者は「要介護度」によって分類された。そのランクによって介護保険で利用できる施設やサービスが決まる。公的介護は「申し訳ない」と遠慮がちに受けるものではなく「権利」になった。「権利なら目いっぱい使わなければ損だ」と考える高齢者も増えた。介護の現場には「福祉」より「サービス」の言葉が飛び交うようになった。その功罪については後述するが、まずはランクによる施設の種類を説明する。宮崎市高岡町の辰元グループを例に、それぞれの施設の性格と入所費を比較してみよう。

 要介護度が最も重い人が入るのが特別養護老人ホームである。入居費は本人の介護度や家族の所得などで変わるが、最低で月4万円弱だ。それより介護度が軽い人を対象にリハビリを重視するのが老人保健施設で、経費は最低で月5万円弱かかる。どちらも共同部屋が主だ。老人専門の病院もあり、入院費は最低で月5万円弱となる。

 元気だが認知症の高齢者が、共同生活(最大9人まで)するのがグループホームだ。全個室で、月に10万円程度かかる。

 介護度とは無関係に入居でき、食事つき高齢者向けの個室アパートといった性格の施設がケアハウスで、経費は月に7、8万円だ。夫婦部屋もある。裕福な高齢者向けには、民間経営の有料老人ホームがあり、高価な施設が県内のあちこちに新設されている。

 こうした多種類の施設が同一条件で比較できる県内唯一の利点から、辰元グループに今回の取材協力をお願いした。県内の他の介護施設との優劣を比較検討したうえで取り上げたわけではないことを最初にお断りしておく。では次回から施設の現場を一つずつ訪ねてみよう。まずはグループホームから--。

/3 グループホーム/1 /宮崎
 ◇認知症同士の穏やかな共同生活

 グループホームは、認知症の人たちが介護職員の助けを受けながら一つ屋根の下で暮らす施設である。家族的な親密さを考えて入所者は9人までと決められている。

 宮崎市高岡町の辰元グループには3つのグループホームがある。99年に完成した1号館は定員8人、02年に完成した2、3号館は各定員9人だ。グループホームの名称は「たちばな」で、各館6人の職員がローテーションで介護している。空床が出るのは、認知症がさらに進み、特別養護老人ホームなどに移る人が現れた時だ。だがこの施設は待機者が多く、空床はすぐに埋まってしまう。

 入所費は月平均10万円程度と、最低5万円前後ですむ特別養護老人ホームや老人保健施設よりも高い。行政上、グループホームは「施設」ではなく「住居」として扱われるため、入所者への経済的な軽減措置がない。それが他の施設より高額になる主因である。

 歩ける入所者がほとんどで、自力で食事も排せつもできる。ほぼ全員、オムツはしていない。年齢は80代後半から90代前半の人が多い。「できる限り自立して生活するのが望ましい」という考えから、入所者たちが共同で家事にかかわることを目指して施設を運営している。食事や洗濯や掃除など、身の回りの世話は職員が交代で行うが、中にはそれを手伝う入所者もいる。入所者は各自が約7畳の広さの個室を使う。個室は畳と板の間の両方がある。ベッドやタンスのほか、私物が置いてある。夜は個室で眠るが、昼間は広いリビング兼ダイニングキッチンの共有空間で過ごす。

 1日の流れはこうだ。午前7時、夜勤明けと早出の職員の計2人が朝食を作り始める。午前8時に全員そろって朝食を取り、昼食まで談笑しながらくつろぐ。職員は時間差勤務で、昼間は常時2人から4人が在駐し、夜は職員1人が泊まる。午後は交代で風呂に入り、風船バレーや玉入れなどのゲーム、しりとり遊びなどで過ごす。午後5時半に夕食を取り、午後8時には就寝する。

 波風のない穏やかな時間が流れていく。だが入所者のほとんどは「自宅での介護は無理」と家族が施設へ預けたのである。中へ入れば、外見とは違う内情があるはずだ。

/4 グループホーム/2 /宮崎
 ◇いつも不安な認知症の高齢者

 「ここは楽しい所ですよ。そして、とても勉強になります」。介護職員、長友美紀さん(54)の言葉は意外だった。彼女は、宮崎市高岡町の辰元グループが運営するグループホーム「たちばな」の管理者である。ここでは認知症の高齢者たちが介護職員の助けを借りて共同生活している。

 認知症の高齢者には、寝たきりの高齢者よりも手のかかる側面がある。元気だから動き回る。周囲の人たちを攻撃したり、勝手にどこかへ行ってしまったりする。その介護が、どうして楽しいのだろうか--。

 家族を困らせる認知症の症状は次のようなものだ。性格が変わり、突然怒り出す。「家族に財布を盗まれた」などと妄想し、近所の戸をたたいたり、夜中に叫ぶ。拾ってきたゴミで室内を一杯にする。異物を食べたり、壁に塗りつける。家族は耐えられず、泣く泣く施設に預けることになる。

 この職場に7年半勤める長友さんは、こう弁護する。「認知症の人たちは不安なのです。だから落ち着きをなくし、怒りっぽくなる。安心させることで、穏やかになる。そのコツが分かれば扱いにくくはありません。根はいい人たちなのです」

 では、なぜ彼らは不安なのか--。今が「いつ」で、ここが「どこ」で、自分が「誰」なのか、私たちは理解している。こうした理解の束をまとめることで、私たちは現実世界とのつながりを保つ。ただし「いま、ここ」を把握するには、見たもの、聞いたこと、自身の行動を秩序だてて記憶しておく必要がある。

 ところが直前の記憶が衰えると、現実とのつながりは一気に心細くなる。今何をしていたのか、今がいつなのかがあやふやになれば、見知らぬ異国を一人さまよう気がするだろう。「いま、ここ」の把握が危うくなる中、あるはずのものがなかったり、やったことをやっていないと周囲から責められたら、どれほどのストレスだろうか。

 臨床医の大井玄氏は、私たちの世界と認知症患者の世界は連続していると説いている。「われわれは皆、程度の異なる痴呆(ちほう)である」とさえ主張している(新潮新書「『痴呆老人』は何を見ているか」)。認知症とは何か、さらに探っていこう。

/5 グループホーム/3 /宮崎
 ◇つらい現実から過去へ逃げ込む

 直前の記憶を失った人は、「いま、ここ」という現実世界とのつながりがあやふやになる。すると見知らぬ場所で、見知らぬ人たちに囲まれている孤立感に襲われる。その不安から逃れようと、多くの認知症患者は、昔の甘美な思い出の中に戻っていってしまうという。

 宮崎市高岡町のグループホーム「たちばな」の介護主任、長友美紀さん(54)はこう語る。「入所者の多くは、自分が輝いていた時代の世界に戻ってしまいます。『今』がいつの時代になるかは日によって違います。昨日の『今』は自分の娘時代だったのに、今日は子育て時代というふうに。だから私たち介護職員も臨機応変な対応が必要です。一人で数役を演じる演技力がいるのです」

 長友さんは「入所者の住む世界」の登場人物の一人になって、ある日は入所者の母親を演じ、ある日は娘を演じている。「昔、学校の先生だった女性は、私を教え子だと思い込み、音楽の授業が突然始まったりします。私が『今日は生徒全員に一緒に歌ってもらいましょうか。では、先生、リードして下さいますか』と呼びかけると、女性は大変喜びます。それでリビングルームに集まった入所者全員が生徒になって合唱するわけです」

 8人の入所者は、各自が各自の世界に入っている。だから今起きていることを理解はしていないのだが、一緒に合唱を楽しんでいる。穏やかな時間が流れていく。

 施設を学校だと信じている人や、昔働いていた工場だと信じている人もいる。昔、郵便局長だった男性がいた。彼にとって施設は郵便局であり、食堂のテーブルは事務机である。「郵便局長」の部下である介護職員たちは、古い封筒を用意して「局長」にスタンプを押してもらう。「局長」は機嫌のいい日々を送る。

 認知症の原因には、アルツハイマー病などの脳組織の変性と、脳卒中などの脳血管障害がある。現代医学では治癒は困難とされる。脳の変性が進むと記憶障害が著しくなり、やがて言葉を失う。脳は体を動かす指示さえできなくなる。こうして物を飲み込む機能が失われ、死に至る。介護の現場にできることは、病状の進行を遅らせる努力だけだ。これは時間との闘いでもある。/5 グループホーム/3 /宮崎
 ◇つらい現実から過去へ逃げ込む

 直前の記憶を失った人は、「いま、ここ」という現実世界とのつながりがあやふやになる。すると見知らぬ場所で、見知らぬ人たちに囲まれている孤立感に襲われる。その不安から逃れようと、多くの認知症患者は、昔の甘美な思い出の中に戻っていってしまうという。

 宮崎市高岡町のグループホーム「たちばな」の介護主任、長友美紀さん(54)はこう語る。「入所者の多くは、自分が輝いていた時代の世界に戻ってしまいます。『今』がいつの時代になるかは日によって違います。昨日の『今』は自分の娘時代だったのに、今日は子育て時代というふうに。だから私たち介護職員も臨機応変な対応が必要です。一人で数役を演じる演技力がいるのです」

 長友さんは「入所者の住む世界」の登場人物の一人になって、ある日は入所者の母親を演じ、ある日は娘を演じている。「昔、学校の先生だった女性は、私を教え子だと思い込み、音楽の授業が突然始まったりします。私が『今日は生徒全員に一緒に歌ってもらいましょうか。では、先生、リードして下さいますか』と呼びかけると、女性は大変喜びます。それでリビングルームに集まった入所者全員が生徒になって合唱するわけです」

 8人の入所者は、各自が各自の世界に入っている。だから今起きていることを理解はしていないのだが、一緒に合唱を楽しんでいる。穏やかな時間が流れていく。

 施設を学校だと信じている人や、昔働いていた工場だと信じている人もいる。昔、郵便局長だった男性がいた。彼にとって施設は郵便局であり、食堂のテーブルは事務机である。「郵便局長」の部下である介護職員たちは、古い封筒を用意して「局長」にスタンプを押してもらう。「局長」は機嫌のいい日々を送る。

 認知症の原因には、アルツハイマー病などの脳組織の変性と、脳卒中などの脳血管障害がある。現代医学では治癒は困難とされる。脳の変性が進むと記憶障害が著しくなり、やがて言葉を失う。脳は体を動かす指示さえできなくなる。こうして物を飲み込む機能が失われ、死に至る。介護の現場にできることは、病状の進行を遅らせる努力だけだ。これは時間との闘いでもある。

/6 グループホーム/4 /宮崎
 ◇話が通じなくても心は通じる仲間

 認知症患者の話は意味不明だ。だから入所者同士の会話は全然かみ合わない。しかし入所者同士の人間関係が親密でなごやかなら、それでも施設運営はうまくいく。

 宮崎市高岡町のグループホーム「たちばな」の介護主任、長友美紀さん(54)は言う。「大切なのは、会話の中身ではなく、会話を交わす時の雰囲気が親密かどうかです。私たちが会話相手と『心が通じた』と感じるのは、会話相手の笑顔に多くを負っています。親密さの方が重要で、意見が一致したかどうかは二の次です」

 9人の入所者は毎日、午前8時の朝食時に食堂兼リビングルームに集まり、雑談やゲームをして過ごす。午後は交代で風呂に入り、午後8時にはそれぞれの個室に戻って寝る。本来は縁のない他人でも、同じ屋根の下で顔を合わせ、なごやかに過ごせば心を許せる関係が育つ。こういう人間関係を介護の現場では「なじみの仲間」と呼ぶ。

 食堂のテーブルの窓際には、いつも同じ女性二人が向かい合って座る。一人が何かを質問し、もう一人が答えている。どちらの言葉も私たちには意味不明だ。二人とも直前の記憶が保てない。このため二人の質疑応答は、ビデオテープが再生されるように延々と繰り返されている。しかし二人の間には親密で穏やかな空気が流れている。

 記憶力が衰えた認知症の老人は、世界とのつながりが薄れ、「私」という意識のまとまりが解体していく不安といら立ちの中にいる。「目前の人は敵か味方か」と常に厳しく選別する。「だから入所者の主張が意味不明でも、教育的な態度で『間違っていますよ』などと否定するのは禁句です」と長友さんは言う。

 論理はなくても感情はあるから、教育熱心な職員は「嫌な人だ」というレッテルを張られる。「入所者が『財布を盗まれた』と騒ぐ時には『そうですか、一緒に探してみましょう』と協力する。そして職員が発見するのではなく、本人に発見させることが大切です」。重要なのは「話が通じる」ことではなく「心を通わせる」ことなのだ。

 入居者同士のやりとりを見ながら、自分が外国にいる場面を連想した。言葉が通じなければ相手に好意を伝える方法は笑顔だけだ。笑顔には笑顔が返る。言葉が通じなくても、喜びは相手と共有され「心が通じた」と思う。それとよく似ている。【出典:毎日新聞】

介護現場の一端が描かれている。ぜひ読んでほしい

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