8 月 03 2008
クルマ高齢社会:第5部・安全教育を問う/上 70歳以上、免許更新時の義務
◇内容省略「役に立たない」--講習、もっと効果的に
「こんな講習では役に立たない」
三重県の松本彦丸さん(76)は怒りを隠さない。昨年1月、高齢者講習を県内の自動車教習所で受けたが、「あまりにも形式的な内容だった」(松本さん)からだ。
70歳以上の運転免許保有者は3年に1回、免許を更新する際に高齢者講習の受講が義務付けられている。増加する高齢ドライバーによる事故防止のために、運転技術の衰えを自覚してもらうのが狙いだ。講習は国の委託を受けて各地の自動車教習所が6150円の費用で実施している。(1)交通安全の講義(2)夜間・動体視力検査、運転シミュレーターによる運転適性検査(3)実車指導--の3分野を各1時間ずつ計3時間行う。
■半分は待ち時間
松本さんの受けた高齢者講習はこんな様子だった。
教室に行くと、10人以上の高齢者がいた。指導員数人が入れ替わりながら、講義と検査を実施した。しかし、運転適性検査で行われたのはアクセル動作のみで、ブレーキやハンドル操作の検査はしなかった。
警察庁の基準では3分野すべての講習を義務づけているものの、受講者や自動車教習所の都合で検査内容を省略することは認められている。しかし、松本さんは「講習の半分くらいは待ち時間で、無駄な時間が多かった。なぜ検査を全部できないのかわからない」と首をかしげる。
また、運転ぶりを点検してもらう実車指導のため、松本さんが用意されたセダンに乗り込むと、別の受講者が後部座席に乗り込んできた。受講者は軽トラックしか運転していないという理由から、警察庁通達で義務付けている実車指導を免除された様子だった。
同校は「ペーパードライバーや軽トラックの運転者に無理強いはできないので、本人の希望で運転させなかったが、今は全員に運転してもらうようにしている。また、運転適性検査を全部実施すると時間がオーバーしたり、高齢者が十分検査内容を理解できないため、省略していたが、改善の余地はあると思う」と話す。
松本さんは「高齢者の事故は増えているし、高齢者講習には意味があると思う。もっと効果的な講習にしてほしい」と指摘する。
■自動車学校で差
独自に工夫して高齢者講習を行っている自動車教習所もある。
静岡県牧之原市の榛南(はいなん)自動車学校は、01年からマニュアル車で車高の高い軽ワゴン車を導入した。周辺は農業地帯で、農作業のためマニュアル車の軽トラックを運転している高齢者が多く、「軽トラックで講習を受けられないか」との問い合わせが多かった。しかし、後部座席のない軽トラックは実車指導に使えないため、形の近い軽ワゴン車を選んだ。
昨年1年間の受講者1241人のうち、軽ワゴン車を希望したのは約6割に上った。
今年6月に受講した久保田猛さん(77)は「オートマチック(AT)車はおっかない。(マニュアルの)軽自動車があるから助かるよ」。実車では一時停止がやや不十分だったようで、「きちんと止まるところは止まるよう注意された。これからは気をつけたい」と話す。
同校の田中博巳・副管理者は「乗り慣れている車種だと、講習でもいつもの癖が出るため、効果的な指導ができる」と話す。
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いつまでも運転したい--。多くの高齢ドライバーの思いだ。一方で、加齢に伴う心身の衰えは避けられない。老化をカバーしながら、安全にハンドルを握り、楽しくドライブを続けるにはどうしたらいいのか。「クルマ高齢社会」第5部では、高齢ドライバーの交通安全教育の現場から報告する。【板垣博之】
◇07年受講者135万人、来年から認知検査も高齢者講習は98年から75歳以上の高齢ドライバーを対象にスタートし、02年からは70歳以上も対象に加えられた。
07年の受講者数は135万4401人に上る。来年6月から75歳以上に認知機能の簡易検査が導入されるなど、警察庁で見直し作業が進められている。
高齢ドライバー問題に詳しい東京都老人総合研究所の溝端光雄・研究副部長は「高齢者講習は一定の効果を上げてはいるが、本人に自分の運転ぶりを気づかせるように変える必要がある。また、高齢ドライバーは視野が狭くなるが、本人が気づかない場合もあり、視野検査を実施して、実践的な講習にしてほしい」と指摘している。
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■高齢者講習の主な内容
▽講義(60分)
・講習概要の説明、交通事故の特徴など(10分)
・シートベルトの着用、加害者の責任など(10分)
・改正された道交法の知識、危険予測など(40分)
▽運転適性検査器材による診断と指導(60分)
・動体視力、夜間視力の検査
・運転シミュレーターによる運転適性検査
(1)反射動作の速さ(2)判断の正確さ(3)状況に対応したハンドル操作の速さ(4)認知判断の速さ--などをチェック
▽実車による診断と指導(60分)
・基本課題
(1)運転姿勢(2)交差点の通過(3)カーブ走行(4)進路変更(5)駐車車両の横の通過
・特別課題
(1)段差乗り上げ(2)車両感覚走行(3)パイロンスラローム(4)急ブレーキ体験(5)運転シミュレーター操作による危険予測と事故体験(6)死角の確認--の6課題から2課題程度を実施
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□認知機能の簡易検査(09年6月から実施予定。警察庁の運転免許制度に関する懇談会の提言から)
・年月日、曜日、時間の記載
・複数のイラストを見せて別の検査をはさんで、イラストを覚えているかチェック
・時計の文字盤を描く
・動物など特定グループの言葉をできるだけ多く記載
クルマ高齢社会:第5部・安全教育を問う/中 卒業生が自主学習
◇学校拠点に講習、情報交換 無理ない運転、誓い合い
「ここは見通し悪い」「急カーブに注意」。秋田県北部の鹿角市にある第二北部自動車学校の2階に、市内周辺の交通事故が起きやすい危険個所を示した手作り地図が張ってある。
同校卒業生の親睦(しんぼく)団体「二北会」のメンバーが時々、同校に立ち寄って、ドライブ中に「ヒヤリ、ハット」した場所を書く。他のメンバーに知らせて事故を防ぐためだ。
会のメンバーは25~85歳の50人。中心は会の半数を占める60~70代のドライバーたち。地図のそばには、丸テーブルと長椅子が用意され、メンバーがいつでも集える。
会長の柴田忠人さん(72)は「用事があったついでにとか、ちょっと時間がある時に、学校に来る。先生や仲間たちと雑談しながら、新しい道路交通法のことや、あそこでこんな事故があったとか、いろいろな情報が入ってくる」と話す。
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二北会ができたのは76年。「自動車学校を卒業したら、学校に来ることはほとんどない。卒業生の交通安全意識が薄れないようにしたい」(同校の成田欣弥・管理者)との思いがきっかけだった。
会の運営は卒業生たちに任され、年会費は1000円。学校側は無償で施設を提供したり、講師を用意するなどの支援をしている。
メーンは年1回の講習会だ。これまでタイヤをロックさせないABS(アンチロック・ブレーキ・システム)装置の使い方、凍結路面やカーブでの危険回避法、応急救護処置などのほか、会員が運転技術を競う運転競技会などを実施。みんなで学校のコースにビニールシートを敷き、洗剤をまいて、凍結路面を再現してスリップ体験を行ったこともあった。昨年はETC(自動料金収受システム)講習会、今年はガソリン代高騰を受けてエコドライブ講習会を検討している。
鹿角市では、中高年になってから車の運転を始める人も少なくない。かつて東京に住んでいたという赤坂キヌさん(71)は鹿角に戻って50歳過ぎで運転免許を取った。「東京では車はなくても生活できるが、鹿角ではバスの便も少ないし、買い物や病院に行くにも車が必要」と話す。泉米子さん(73)も病弱な夫を隣の大館市の病院まで送り迎えするため、55歳で免許を取った。「冬道はおっかないので、冬道の安全運転講習は本当に助かります」と話す。
二北会では「ゆっくり安全に走ろう」との願いを込めて、カメのマークをあしらったステッカーを作っている。今年の6月下旬には、毎年恒例の「交通安全祈願ドライブ」を行った。秋田市の神社で、39人が参加できない人の免許証のコピーも持参して、1年間の安全運転を誓い合った。
「前の車を追い越そうかなと思ってもやめます。事故を起こしたら会に迷惑をかけると思うから。会の仲間で事故を起こしたということは聞いたことがないね」。柴田さんは笑った。
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高齢ドライバーの安全教育を研究している鈴木春男・自由学園最高学部長は「各地の自動車教習所が、高齢者の自主的な活動を側面から支援し、地域の交通安全センターとして機能することが大切。参加費1000円で運転講習会を行うなど、サービスは無償でなくてもいい。運転ができなくなっても、運転クラブのほかの仲間が車に乗せる仕組みにつながれば、高齢者が無理して運転することも減るはず」と話す。【板垣博之】
◇「脳トレ」取り入れた教材も日本自動車工業会は、高齢ドライバーのための安全教育プログラム「いきいき運転講座」を作成した。脳機能のトレーニングを取り入れたユニークな教材で、「高齢者同士が話し合いながら、手軽に効果的に安全運転を学べるのが特徴」(自動車メーカー関係者)だ。
プログラムは、(1)交差点などの写真を見ながらの危険予知トレーニング(2)計算や音読、間違い探しなどの「交通脳トレ」(3)自分の運転ぶりを撮影したビデオで自ら振り返る--など。04年から、「脳トレ」で知られる川島隆太・東北大学教授ら専門家が加わり、約180人の高齢ドライバーにプログラムを体験してもらい、効果を実証した。
講座の進め方を記した手引があり、専門的知識がなくても取り組むことができる。自工会は希望団体に無料で提供するほか、8月上旬からはホームページで教材のダウンロードが可能になる。
クルマ高齢社会:第5部・安全教育を問う/下 「楽しく学ぶ」心がけ
◇座学より体験型中心--老人クラブ主導、地域で活動神奈川県の大和市老人クラブ連合会(田村司郎会長)は、昨年からシルバードライビングスクールを年2回開いている。06年7月、同市内で74歳の高齢ドライバーがアクセルとブレーキを踏み間違えて道路脇に突っ込み、小学生2人が死傷した事故が契機だった。
参加費は無料で、約2時間、教習所のコース走行などを行い、指導員のチェックを受ける。今年6月に参加した清野隆男さん(67)は「自分の運転がどの程度なのか確認したかった。カーブを曲がる時に膨らむ癖を注意された」と話す。
高齢ドライバーによるブレーキとアクセルの踏み間違い事故は増加傾向にある。交通事故総合分析センターによると、07年に起きた踏み間違いが原因の総事故件数は7130件。そのうち70代以上が約16%の1150件で、5年前に比べて47%も増えた。
同センターの西田泰・研究部担当部長は「ペダルの踏み間違いは、シートの位置が違ったり、バックする時など、運転姿勢がいつもと違うと起こりやすい。高齢になると、想定外の出来事への反応が悪くなる傾向があり、大きな事故につながる。年1回は自分の運転をチェックする機会があった方がいい」と話す。
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長野県東御(とうみ)市では、高齢ドライバーらが老人クラブごとに交通安全教室を企画し、危険を予測する学習を取り入れている。交差点などの道路のイラストを見て、このまま車が進んだ場合にどんな危険が予測されるかなどを数人のグループに分かれて話し合う。伊藤隆也さん(63)は「今までの講習は資料を渡されて説明ばかり。危険予測学習は『頭を使うので面白い』『自分では気づかない危険が分かった』と好評です」と話す。
伊藤さんら8人が06年に内閣府主催の「参加・体験・実践型の高齢者安全運転普及事業」に参加したことが導入のきっかけだ。06、07年に全国11カ所で実施し、約1000人が受講した。ただ、東御市のように受講者が実際に地域で活動する例は一部にとどまっている。
交通安全教育に詳しい季刊ドライブ誌ウェイズ(JAFMATE社)の吉岡耀子編集長は「高齢ドライバーの交通安全教育は、一方通行で勉強させる座学中心では効果が少ない。危険予測学習のように楽しく話しながら学ぶ体験型だと頭に残る」と指摘する。
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高齢者が子供たちへの安全教育を担うことで、自らの安全意識を高める試みもある。福島県喜多方市の喜多方老人クラブ連合会壮年活動委員会は05年に「まごおしえ隊」を結成した。メンバーは約20人で、約半数は現役ドライバー。市内の幼稚園や児童館約10カ所で交通安全教室を開き、横断歩道の渡り方などを教えている。
当初は1年限りの県モデル事業だったが、「このまま終わらせるのはもったいない」と、老人クラブが独自に活動を続けている。まごおしえ隊リーダーで毎日運転するという大竹トモ子さん(69)は「子どもたちに教えていると、安全運転をしなくてはと思い、特にスピードに気をつけている。事故が増えている自分たち高齢者から、まず意識を変えていきたい」と語る。命を守る取り組みに終わりはない。【出典:毎日新聞】
ただ、単なる運転技術の検査だけではなく、高齢者の社会参加の支援という観点から、出来れば、福祉や福祉の専門家との連携で、高齢者の支援をしてほしい。
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