4 月 15 2008
特別支援教育2年目へ:現場からの報告
上 不安募らす親たち /埼玉
◇頑張る息子がうれしい
障害のある児童生徒一人一人に応じて適切な支援を行う「特別支援教育」が始まり、今年度で2年目を迎える。ようやく、発達障害の子供たちに支援のスポットが当たるようになったとはいえ、周囲の理解は十分とはいえない。支援を必要とする子供たちを取り巻く状況を報告する。
さいたま市大宮区のソニックシティ30階。東京電力のPR館でトットくん親子に会った。「おなかすいた。マック食べに行こうよぅ」。眼下のマクドナルドを指すトットくん(8)。「この子、視力検査は0・1なんです。本当に0・1ならあのマックは見えない」。父親(43)は苦笑して続けた。「視力検査の時にどうすれば良いか分からなかったんでしょうね」。トットくんの外見からは障害をうかがえない。父親に甘える息子の姿はどこにでもある休日の風景に見える。
◇ ◇
「アスペルガーなトットくんとがんばるぞ!」
「特別支援教育」をキーワードに検索すると、このブログが出てくる。アスペルガー症候群は脳の先天性障害。知的遅れはないが、こだわりが強く、冗談や皮肉など微妙な感情を読み取ることが苦手。完治はしない。ブログは息子の成長や小学校での特別支援教育を記した子育て日記だ。
小学1年の夏休み前、母親(42)は担任教諭から息子が集団生活を乱すと告げられた。「普通じゃないです。こんな子、初めてです」。暗に受診を勧められたと受け取った。学校への不信感を抱きつつ、東京都内の専門病院に向かった。丸一日の心理テストを終え、診断が下ったのは2週間後。聞いたことのない障害だった。
トットくんは幼稚園の時から自分のしたいことをしていた。完ぺき主義。字をきれいに書こうと消しゴムで消してまた書く。やがて、ノートは真っ黒になり、机の上の物をごみ箱に捨ててしまう。テストは満点でないと「自分のじゃない」と言い張った。
わがままな息子を、父親は「友達できないぞ」としかり続け、時にはたたいた。だが、初めて息子の障害を知り、「怒らなくていい。キチンとした子供じゃなくていい。この子なりの成長を楽しめばいい」と思うようになったという。一番つらいのは息子。障害のこと、息子が困難に感じること——。息子を一番理解する専門家になろう。落ち込む母親をそう励ました。
◇ ◇
ただ、障害を知れば知るほど将来への不安は募る。支援態勢が整わず、無理解な教育現場への怒りもわいてきた。授業中、粘土やお絵かき、時には図工の道具を使って、自分の世界に入り込む息子。授業参観で息子を見た他の保護者は「困った子がいる」と思うだろう。病名を打ち明けると、「何ですかそれ? 薬ないんですか」と迷惑そうな顔をした教諭もいた。ブログには、人員や予算不足、特別支援教育に及び腰な学校側の現状もつづっている。自分が死んだら息子は生きていけるのか。そんな思いが行間からにじむ。
「息子が少しでも頑張った話を聞くとうれしい。同時に、頑張り過ぎて疲れてないか心配になります」。ソニックシティの展示品で無邪気に遊ぶトットくん。父親は「せつないですね」とつぶやいた。中 手探りの教師たち /埼玉
◇「やれば必ず成長する」
「正直、毎日が戦いでした」。県南西部の小学校。男性校長は5年前の日々を振り返った。
転入生の男児(5年)は12月まで東京都内の児童精神科に入院していた。ADHD(注意欠陥多動性障害)。入院前の学校では、同級生ができることが自分にできず、いら立って机を倒す、文房具を窓から捨てるなど荒れ、不登校になった。
親は「家にいるより良いだろう」と教育施設のある精神科に入院させた。男児を理解し、適切な支援をしてくれた病院の分教室。この間、男児にとって「学校は楽しい場所」に変わった。ところが、3学期に転入してくると、また荒れた。算数の授業が国語に変わるなど、突然の予定変更にパニックになる。男児は大声で叫び、壁をけった。
◇ ◇
同小はもともと、小規模校のためか教諭全員で問題に対処しようという雰囲気があった。新年度が始まり、校長は職員全体で男児に接しようと提案。児童一人一人の違いに配慮できる教諭を担任に付けた。生徒指導部会で毎回のように支援方法を検討し、職員全員で共通理解を図る。前日に次の日の授業を予告する▽極力、予定変更しない▽男児と波長の合う子を隣の席に座らせる——。さらに「友達をたたかない」「友達をかまない」「つばをはかない」など、今日の目標を男児と約束し、できたら褒める。できなかったらどうしてできないのかを一緒に考える。試行錯誤を重ね、クリアできるまで続けた。
地道で細かい支援が奏功し、男児は少しずつ成長した。友達との関係も良くなり、秋ごろには、自分の感情をコントロールできるようになったという。現在、男児は定時制高校に通い、コンビニエンスストアでアルバイトをしている。
◇ ◇
必要最低限の学力と社会性を——。自立して生きていけるように学齢期に身につけさせたい力として保護者は二つを挙げる。得意不得意があり、能力に偏りのある発達障害者は、そのアンバランスから他者とコミュニケーションをうまく取れず、トラブルの元になる。「やれば確実に成長する。良い面は必ず出てくる」。校長は経験則からきっぱりと話した。
卒業式の日、男児の母親は校長の一言が忘れられないという。「教師は後ろ向きでは、いけない。どこまでできるか分かりませんが、今後も積極的に受け入れていきたい」。同小にはこの春、アスペルガー症候群の新1年生が入学した。男児の母親は「次につながったことが、何よりもうれしい」と笑顔を見せた。下 当事者の願い /埼玉
◇特性に応じた環境を
発達障害児の親や社会人となった当事者たちの経験や知識が、教育現場で求められ始めた。
「ぼく おもしろいことみつけると そのことで あたまのなかが いっぱいになっちゃうんだ わざとじゃないんだ」
薄紫色の表紙に、困った表情で空を仰ぐ男の子の絵が描かれた絵本「ぼく、わすれちゃうんだ」(B5判20ページ、1500円)。ADHD(注意欠陥多動性障害)の男の子が通学途中でカエルを追いかけていていなくなり、学校中が大騒ぎになるストーリーだ。04年に設立された志木市のNPO法人「発達障害支援センターひまわり」が、06年に自費出版した。高原孝恵代表(45)ら同センターの会員が県内の小学校で読み聞かせたり、「道徳や教員研修の教材に」との学校の注文に応じている。
高原さんの長男(16)はADHDだ。高原さんの長男が小学校に入学すると、保護者から「何であんな子がいるのか」「何かあったらどうするのか」と、不安がる声が上がった。障害のことを分かってもらおうと、障害を持つ子の保護者ら数人で親の会を作り、児童精神科の医師を招いて講演会を主催したり、教育委員会への要望や無料相談会などをしてきた。絵本の出版もその一環だ。
高原さんは今、学校で子供たちに読み聞かせをしながら、「みんなも忘れることってあるよね。周りにもこんな子いないかな? 困っている子を助けてあげてね」と、話しかけている。
臨床心理士・高山恵子さん(48)はADHDだ。特別支援教育の教員研修で講師を務めている。
小学校の総合的な学習の時間では、子供たちに「ピーマンが好きな人? 電車が好きな人? デブと言われて嫌な人?」と問いかける。高山さんは「日本では自分が嫌なことは他人にしてはいけないと教育するが、何を嫌だと感じるかは人によって違う。誰にでも苦手なものはあるのだから、違いを認めカバーし合える社会にしないといけない」と話す。
◆ ◆
発達障害児の親たちは、わが子の失敗やトラブルを「個性的だから」と笑って話しても、子供の将来については「ちょっとしたサポートがあればできる仕事がある。理解のある上司、同僚に恵まれれば……」と、不安を口にする。
ひまわりの高原さんは、「これまで発達障害の子は、『問題さえ起きなければいい』とお客様扱いだったから、学校で生活や仕事に役立つ能力を身につけられなかった。特別支援教育が始まり、障害を持つ子に適した教育が必要だとようやく認識され始めた段階にすぎない」と話す。
すべての発達障害児が、それぞれの特性に合った教育を受けられる環境作りが求められている。
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<メモ>
◇発達障害
自閉症、アスペルガー症候群、注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)などの総称で、先天的な脳障害が原因とされる。自閉症やアスペルガー症候群は他人とうまく意思疎通できない、パターン化した行動やこだわりが強いなどの特徴を持つ。ADHDは不注意、多動、衝動的に行動するなど。LDは知的発達に遅れはないが、読み書きや計算など特定分野に偏りがある。いずれも根治しない。外見は普通の子どもと変わらないため、「親のしつけが悪い」などと誤解されることが多い。
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<メモ>
◇特別支援教育
07年4月、学校教育法の一部改正により本格実施され、特殊教育にアスペルガー症候群など発達障害を加えた。発達障害児童・生徒が通常学校に通う場合、学校側に▽支援策を検討する「校内委員会」の設置▽保護者や医療機関などと連絡調整を担う「特別支援教育コーディネーター」の指名——など教育体制の整備を求めた。しかし、要となるコーディネーターを教頭が兼務するなど、予算措置はほとんどなく研修制度も不十分だ。県教委の04年の調査では「知的発達に遅れはないが、学習や行動に著しい困難がある」児童生徒は全体の10・5%に上った。【出典:毎日新聞】
特別支援教育が始まって二年。まだ、まだハードも、ソフトも十分なものではなく、試行錯誤が続いている。だが、方向性としては、間違ってはいない。実践を積み重ねていくしかない
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