1 月 15 2008
追跡京都2008:ハンセン病問題基本法 入所者に強い危機感 /京都
◇「立ち枯れ」防ぎ、まるごと社会復帰を−−新法制定へ動き活発化
国立ハンセン病療養所入所者らが中心になって、新たに「ハンセン病問題基本法」制定を目指す動きが活発化している。らい予防法廃止(96年)や国の責任を認めた熊本地裁の国賠訴訟判決(01年)で、強制隔離政策による人権侵害について一定の被害回復が図られたが、「まだまだ不十分」というのだ。京都市内で相次いだ支援集会などで見えてきたのは、入所者たちの強い危機感だった。
「私たちは最後の一人まで、安心して死ぬこともできない。市民の皆さんの大きな力で支えて下さい」
先月16日、下京区の大谷ホールで開かれた「ハンセン病療養所のあしたをひらく市民のつどい 関西大集会」。約300人の聴衆を前に、星塚敬愛園(鹿児島県)の入所者、玉城しげさん(89)は基本法制定への賛同を力強く呼びかけた。
沖縄県出身の玉城さんは13歳で発病し、20歳で入所。入所男性との間に女児を授かったが、妊娠7カ月で堕胎させられた。目の前で口と鼻を押さえられ苦しむ我が子の姿が焼き付いて離れない。死ぬまで話さないつもりだったが、熊本訴訟への参加が転機になった。
「裁判で国民が私たちの苦しみを知り、同じ人間として迎えてくれた。すべての恨みは流しました。苦しみの中で死んでいった友達や先輩・後輩の分も、死ぬまで話したい」。全身全霊を込めた語りに、会場からはすすり泣きが漏れた。
全国に13カ所ある療養所の入所者の平均年齢は現在78・9歳。年間で200人前後が亡くなっている。入所者数は最盛期の1954年に約1万2000人いたが、07年5月時点では2890人に。自発的な社会復帰はますます困難になり、療養所は「終(つい)のすみか」になっている。
全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)の神(こう)美知宏・事務局長(73)は集会で、内科医が昨年3月以降不在となった駿河療養所(静岡県)などの例を挙げ、憤りをあらわにした。「国は最後の1人が死んで“自然消滅”するのを黙って見ている。『立ち枯れ政策』だ」
基本法は、療養所の利用目的を入所者の療養のみに限った「らい予防法の廃止に関する法律」を廃止し、過去の政策による被害の原状回復を国の責務として明記するのが主な目的。療養所を外部からも通院可能な医療機関とし、地域への門戸開放で「療養所まるごとの社会復帰」を狙う。
全療協や賛同者らは昨年8月、全国組織「ハンセン病療養所の将来構想をすすめる会」を東京で発足。関西では同9月、真宗大谷派や労組などが賛同団体に名を連ねて実行委を発足した。来年5月までに全国で100万人以上の署名を集めて議員立法を促す方針。
今回の集会も、関西実行委が「大阪と並ぶ関西での活動の核に」と開いたもの。玉城さんら元患者の話だけでなく、療養所で勤務経験がある元医師から「医師にとって『療養所勤務で感染症対策の専門家になれる』といった魅力あるシステムも必要」という意見も出るなど、話は具体的な方策にも及んだ。
これに先立つ15日には、基本法制定に賛同する真宗大谷派が東本願寺でパネルディスカッションを開催。ハンセン病患者だけでなく障害者などマイノリティーにも視野を広げながら、「差別する側」が立つべき視座をとらえ直す試みに取り組んだ。
パネリストとして参加したハンセン病市民学会事務局長の藤野豊・富山国際大准教授は、優生思想は「欧米に負けない優秀な国民をつくろう」とする文明開化期の日本に受け入れられやすかった、と指摘。戦後の48年に優生保護法ができ、断種・堕胎が合法化されたのをとらえ、「優秀な日本人をつくろうという精神は、戦後復興や高度成長期にも一貫して続いている」と、根深い闇を指摘した。【出典:毎日新聞】
私たちが学んだこと。しっかり残していかないといけない
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