12 月 25 2007
なんじゃもんじゃの木の下で
「お父さん。やっと着きましたよ」
「こんなにも遠かったんだな…」
「もう歳ですね。坂道が苦しくて…。しばらく休んでから帰りましょう。それにしても、ここは、いつ来てもあの時のままですね」
「そうだな。あのときのままだな…」
老夫婦は、昔のことを懐かしむように、なんじゃもんじゃの木を見つめている。
なんじゃもんじゃの木。正しくは、ヒトツバタゴという。なぜ《なんじゃもんじゃ》というのか、はっきりとしたことはわからない。ただ、ずっと、ずっと遠い昔から、街外れの小高い丘の公園にある。春になれば、一〇メール以上もある大木に、季節外れの雪が降り積もったかのような真っ白い花を咲かせ、街の人たちを楽しませてくれている。
『な〜んじゃもんじゃ。な〜んじゃもんじゃ』
爽やかな春の風が、どこからか子どもたちの歌声を運んできた。微かな声だったが、老夫婦にとって、どこか聞き覚えがある。懐かしい歌声だが、すぐには思い出せない。
「あれ? 誰かいるのかしら?」
老夫婦は、不思議そうにお互いの顔を見合わせた。そこへ、小さな男の子が飛び出して来た。太い幹の向こう側に隠れていたのだろうか。その男の子は、どこかの小学校の制服を着ていた。今どきの子どもには珍しく、その制服は薄汚れ、ボロボロだった。それにランドセルではなくて、肩から掛ける布製の鞄だ。まるで、一昔前にタイムスリップでもしたかのようだ。
「おまえ、もう泣くな。まるで俺が泣かしているようだぞ。まったく、もう…。だから、女は嫌なんだ」
「でも、そんなこと言ったて…」
もう一人いたらしく、今度は、泣きじゃくる小さな女の子が現れた。男の子と同じ制服を着ていて、どうやら二人は同級生らしい。男の子は、一生懸命に泣き止まない女の子をなぐさめていたのだ。
「ほら、これで早く顔を拭けよ」
男の子は、腰にぶら下げていた手ぬぐいをベルトから引き抜くと、はにかみながら女の子へ手渡している。その顔は、ほんのりと赤く染まり、照れているようだ。その仕草が、なんとも微笑ましく可愛い。
「うん、ありがとう」
涙で濡れた手で手ぬぐいを受け取ると、女の子は、本当にうれしそうにニッコリと笑う。その笑顔を見て、男の子は、さらに耳たぶまで真っ赤に染まり上がる。
「今度、あいつにいじめられたら、すぐに俺に言えよ。ガツンとやってやるからさ」
「そんなことしたら、先生に怒られちゃうよ。ケンカしたら痛いよ。怪我したら嫌だよ」
「うるせい。おまえのことは、俺が守ってやる。絶対に、死ぬまで俺が守ってやる」
「ホントにホント? 守ってくれるの? 約束できる? だったら、指切りげんまん」
差し出された女の子の小指。少し震えながら、そっと小指を差し出す男の子。女の子は、すぐに満面の笑みで小指を絡ませる。
「もっ、もういいな。さあ、帰るぞ」
「あっ、待ってよ。手を繋いでよ。手を繋いでくれないのなら、また大声で泣くから」
女の子は、さっきまで笑顔だった目に一杯の涙を浮かべている。
「わっ、わかったよ。ほら、手を繋ぐぞ」 「うん、ありがとう」
真っ赤になっている男の子。満面の笑顔の女の子。二人は、仲良く手を繋ぎ、なんじゃもんじゃの木の後ろへ消えていった。
『な〜んじゃもんじゃ。な〜んじゃもんじゃ』
再び春風とともに、子どもたちの歌声が聞こえてくる。子どもたちは、もう現れない。
「お父さん? あの子たちは…」
「ああ、そうだな。あの頃のわしらだったんだな」
「そうですね。本当に懐かしいわ」
老夫婦は、お互いに見つめ合い微笑んだ。
「きっとあの子たちは、なんじゃもんじゃの木の精霊だったんですね」
「そういうことだな」
名残惜しそうに老夫婦は、なんじゃもんじゃの木を見つめている。
「あの約束。ずっと守ってくれましたね」
「そうだったかな。もう忘れたよ」
「久しぶりに手を繋いでくれます?」
「バカ。そんな恥ずかしいことを…」
老夫婦は、どちらからでもなく手を差し出すと、そっと手を繋いだ。その手は温かい。
「そろそろ帰りましょうか?」
「そうだな。帰ろうか」
『な〜んじゃもんじゃ。な〜んじゃもんじゃ』
爽やかな春の風に乗って、なんじゃもんじゃの木の白い花びらが、淡雪のように老夫婦のもとへ舞い降りていく。
Popularity: 12%
【関連記事】
《投稿記事ランキング》適当な★数でクリックしてください
《ソーシャルブックマーク》それぞれのアイコンをクリックしてください









