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9 月 03 2007

検証新潟県中越沖地震の介護現場(中) 問われる官民連携

Published by webmaster at 21:25:08 under NEWS Selection

新潟県中越沖地震直後から、介護施設や事業所は、介護の必要な人たちの「避難所」になった。被災者でもある職員に加え、県内外の介護関係者らの手厚い支援がそれを支えた。一方、「地域の介護状況をつかめず、連携できなかった」との声もある。

 柏崎市の特別養護老人ホーム「しおかぜ荘」の松井裕園長は地震当日、休みで自宅にいた。被災した道路を通り、しおかぜ荘に着いたのは約二時間後の正午すぎ。当日の勤務者が、マニュアル通り利用者を食堂に集めていた。安否確認は済んでおり、利用者二人が軽傷を負っただけだった。
 建物の周囲に亀裂が入り、ガスが止まったが、電気は通じ、給水タンクも応急修理で使えるなど施設被害は小さかった。
 だが、臨時夜勤など通常以上の職員が必要になった。利用者や家族たちから緊急引き受けを頼まれたためだ。地震当日の通所サービス利用者が帰宅しなかったほか、自宅で被災した利用者が家族やケアマネジャーに連れられ、次々と訪れた。
 ピークは、地震から三日後の七月十九日。特養とショートステイで宿泊定員七十人のところに、百人を超える宿泊者を受け入れた。デイサービスを中止し、定員超過は八月初めまで続いた。
 「職員自身も被災し、避難所から通勤した人もいた」(松井園長)中、この態勢を支えたのは、県内外から集まった介護関係者やNPOのボランティアだ。
 新潟県は同日、県内外の自治体に対し、新潟県老人福祉施設協議会(県老祉協)などを窓口とした介護職員応援を要請した。八月末までに、柏崎市内の施設や福祉避難所での活動を中心に、延べ九百人あまりが応じた。また、県看護協会も福祉避難所への夜間(午後五時−翌午前十時)の看護師を派遣。県が派遣した保健師は九月七日まで、避難住民らの健康状態把握などを担う。
 県主導の支援以外に、松井園長は「横のつながりに助けられた」と振り返る。近隣市町村の施設は、食料などを提供してくれた。市外の福祉用具リース業者らは、地震当日夜にふとん三十組、未明までにベッド二十三台を運び込んだ。新潟市の介護専門学校教師も、バスでボランティアの学生を二十人連れてきた。
 松井園長は「説明しなくても必要な人や物資が集まった」と協力に感謝する一方、「市との情報共有ができず、市内全体の介護状況が見えなかった」と話す。施設への受け入れ希望者が、どこにどれくらいいて、どこの施設が受け入れられるのかなど効率的な対応ができず、うまく連携ができなかった。「市や市社会福祉協議会などが主導して、関係団体と地域の介護連携を図るべきだった」と指摘する。
 刈羽村の小規模多機能居宅介護事業所「ももの木」の歌代晃施設長も、地元自治体との連携の不備を痛感した。行政が目配りをする一般の避難所と違い、同施設は村から私的避難所と扱われた。要介護者を保護したにもかかわらず、物資支給など公的配慮はなかった。「発電機や厨房(ちゅうぼう)用ガスの手配とレンタル費用は自前」(歌代施設長)という。
 同村の武本純住民福祉課長は「情報が伝わらなかった点は反省したい」としながらも、「介護事業者は、あくまで民間企業」と、公的な支援に難色を示す。震災緊急対応期の介護施設への官民連携に課題が残った。
 地震から一カ月半。仮設住宅への入居が進み、ライフラインもほぼ復旧した。震災対応は、復興期へと軸足を移した。【出典:中日新聞】

医師や看護師の派遣のように、緊急時、福祉施設への応援、介護職員の派遣などが可能な国レベルのシステムが必要だと思う

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