12 月 13 2004
おじいからのメール
「誰だろう?」
着信音が鳴った。私は、すぐに右のポケットから携帯電話を取り出し、確認ボタンを押す。メールだ。だけど、差出人が解らない。
「薫? 誰れから?」
友だちの彩香が、私の携帯電話の画面をのぞき込んだ。
《かおるへ きをつけてかえりなさい》
「まただよ。誰だか解らないんだ」
「でも、よく薫のことを知っているようなメールだね。もし、迷惑メールだったら、ゴミ箱へ直行。私も、そうしているよ」
「うん、そうなんだけどさ…」
確かにそうだった。差出人不明のメールは、どこか一生懸命に、何かを伝えてきているように感じていた。だから、私は、すぐにゴミ箱行きにする気にはなれず、二週間前からずっと、差出人不明のメールを全部保存してきた。私は、いつもと同じようにメールを保存すると、携帯電話をポケットにしまった。
次の朝、枕元にあった携帯電話の着信音が部屋中に鳴り響く。私は、まだ眠気から覚めていない。大きく右手を伸ばし手探りで携帯電話を探すと、左の耳に押し当てた。
「は〜い。もしもし…」
しかし、返事が返ってこない。おかしい。やっと目を開けて、よく携帯電話の画面を見ると、メールのアイコンが点滅していた。
「もう…。なんだよ、まだ六時だぞ…」
いつも目覚まし時計にセットしている時間より、一時間も早い。眠気も、どこかへ行ってしまった。より一層不機嫌になった私は、薄暗い部屋の中で携帯電話のボタンを操作して、届いたメールを開いた。
《おはよう きようも きおつけて がんばつて がつこうえいきなさい》
メールは、すべてが平仮名で、抜けている文字や間違って変換された文字が並ぶ。メールの差し出し欄を見ると、何も書いていない。昨日と同じ、差出人不明のメールだ。
「今日は日曜日。学校は、お休みだよ」
いつものメールだと解った途端、スーッと身体の力が抜けてしまった。私は、あまりにもおかしくなってクスクスと、一人声を出して笑った。
差出人不明のメールのはずなのに、なぜか腹が立たない。それよりも、私にとって、次第に待ち遠しい、楽しみなメールになっていた。とても不思議なメール。私は、あらためて保存してあったメールを読み返した。
《かおるへ けんきてすか》
これが、一番最初のメールだった。
《がつこう べんきよう がんばれ》
「うっふふ。だんだん文が長くなっている。文字も、うまく変換できるようになってるじゃん。一体、どんな人かな…」
私は、メールを読みながら、あることに気がついた。どのメールも、私のことをこころから気遣っている。メールの差出人は、とても私の身近なところにいるようだ。
その時だった。一階から、お母さんの呼ぶ声がした。
「薫? もう起きている? 北海道のおばあちゃんから電話。おじいちゃんからのメール、ちゃんと薫に届いているかって。
薫? おじいちゃんとハガキのやり取りでもしてたの?」
「えっええ! おじい?」
私は、ベットから飛び起きると、慌てて一階へ駆け下り電話に出た。おばあちゃんの話から、差出人不明のメールは、おじいが私にくれたメールだったと、やっと解った。
《おじいからのメール。ものすごく嬉しかったよ。本当にありがとう。これからもメール、楽しみに待ってるね。私の大切なメル友、おじい。よろしくね》
おばあちゃんからの電話の後、私は、すぐにおじいへ初めてのメールを送った。
「あれから、もう一年だね。早いなぁ」
私の一番のメル友だったおじいは、いまは、もういない。おじいのお通夜の日、亡くなるほんの数時間前まで、おじいは、私にメールを書いていたと、おばちゃんが話してくれた。
私とのメールのやり取りを、一番の楽しみに買ったパソコン。その前に、一日中座っていたという。メガネをかけ、背中を丸め、マニュアルとパソコンの画面、キーボードを代わる代わるに、じっとにらめっこをしていた。何時間も、何時間もにらめっこをして、ポチポチと文字を打つ。ポチポチ、ポチポチ。一文字、一文字、ゆっくりと心を込めて。
「ばあさん。疲れたから肩揉んでくれ」
ポチポチ、ポチポチ。キーボードを打つ音も聞こえてくる。
《かおる げんきに がんばれ》
私の宝物のメール。大切なメール。おじいからの最後のこころのメール。ずっと大事に保存しよう。私の心の中に…。
おじい、本当にありがとう。
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