11 月 03 2003

想像への努力

Published by webmaster at 9:25:38 under ことばの杜

さない 許せない 許したい

それぞれ一文字か、二文字だけ変えただけなのに、その意味合いは、かなり大きく違ってきてしまう。

昨日、「ようこそ先輩」という番組を見た。

同じ小学校を卒業した先輩が、仕事を通して考えたことなどを後輩たちに話していくという内容だ。

いわゆる先輩から後輩たちへの特別授業。

「国境なき医師団」というNGOに参加し、ボスニアなどの戦時下の国で医療活動をしていた医師の先輩だった。

自らの体験を通して、子どもたちへ次々と質問をしていく。

どれもが、ギリギリの究極の選択を求めるものだった。

「大勢の患者がいる中で、持ってきた医薬品には限りがある。もし、目の前に酸素マスクを付けた瀕死状態の子どもがいて、その子どものいのちが、今後どんなに医療を施しても救えないとしたら、あなたは、その子どもの酸素を止めますか? それとも、酸素を止めませんか?」

戦時下の中で、日々失われていく「いのち」と真摯に向きあわなければ、到底質問も出来なければ、答えることも出来ない。

質問をされた子どもたちは、戸惑いながらも「酸素を止める」、「酸素を止めない」の双方に分かれて話し合った。

「その子どもが助からないとしたら、他の人へその酸素を回した方がいい」

「助からないとしても、その子どもの酸素を止めてしまったら、一生後悔をしてしまうと思うから、酸素は止めない方がいい」

「その子どもの酸素で、他の人が助かるのだとしたら、その子どもは、社会に貢献したことになる」

「もし、私が、その子どもの母親だったら、最後まで酸素を止めないで欲しい」

その答えが出せないまま、特別授業は終わった。

それから、4年後。

また、同じメンバーで特別授業がおこなわれた。

後輩たちは、小学生から高校生となり、その成長にテレビを見ていた私自身も驚いた。

ちょうど、アメリカへの同時テロ、テロリストとの戦いの名の下に始まったアフガニスタンやイラクへの戦争という時期で、連日、その関連報道がなされていた。

テレビは、4年前と同じ質問から始まった。

先輩は、後輩たちの考え方の変化を知りたかったらしい。

その上で、先輩は、こんな質問を後輩たちへ投げかけた。

「最近、この中で反戦運動をした人は?」

誰もいなかった。

アメリカとイラクが戦争をしていることは、連日の報道から知っていても、そこまでだった。

続けて、先輩は、戦争の是非について問いかけた。

「今回のイラク戦争は、正しい戦争だ。反戦を言っている人の気持ちが解らない」

「戦争と言っても、人のいのちを奪うものだから、絶対にイヤ」

「イラクは、大量の兵器を持っているのだから、それを、もし、使われてしまったら、反戦運動をした人たちは責任がおえるのか。いまは、アメリカとイラクだが、これが日本とイラクだとしたら、日本に被害が出ていたら、どうなのか?」

「世界最初の原爆が落ちた日本だからこそ、戦争には反対すべきだし、もっと戦争以外の方法でやることがあったのではないか?」

テレビを見ながら、ここまで意見が言える高校生に感心した。

しかし、質問者である先輩は、納得がいかないようだった。

どこかバーチャルなところで考えようとしている、模範解答のような意見と感じているらしかった。

番組は、以前の赴任先だったボスニアへ先輩が行き、実際に戦争を体験した高校生に会い、日本の後輩たちと話し合って欲しいと依頼し、ボスニアの高校生たちと日本の高校生たちとのメール交換の場面に続いていた。

その中で、印象的なやりとりがあった。

日本の高校生が

「テロをなくすためには、正しい正義のための戦争もあるのではないのか?」

と質問したのに対し、ボスニアの高校生たちは、こんなふうに答えていた。

「テロであろうが、戦争であろうが、人が死に、殺し合うことには変わりがない。正しい正義の戦争なんてあり得ない」

日本の高校生たちには、反論することが出来なかった。

番組の最後には、こんな質問をされていた。

「あなたの愛している家族、恋人が、もし、相手の国の兵士に殺されてしまったら、あなたは、その兵士を許しますか? 許さないですか?」

そんなに簡単に出る答えではない。

当然、質問をされた後輩たちは、また戸惑っていた。

また、質問者である先輩もまた、確固たる答えを持っていたわけではない。

私自身も、答えられない。

そんな中、先輩の派遣先であった、元同僚医師がコメントをしたいた。

この同僚医師は、戦時下、目の前で、相手兵士に家族を殺されていた。

「最愛の家族を殺されたことは、決して許さないし、許せない。でも、許したい人間になりたい」

戦争という極限の状態なら、人は、いくらでも残酷になれるし、残酷な行為が出来る。

報復の連鎖となり、憎しみと哀しみだけに捕らわれる日々になる。

その自縛は、永遠に解けることはない。

もし、その自縛から解放される可能性があるとしたら、その方法は、お互いを違い認め合い、理解し合うことなのかもしれない。

そうだとしたら、長い時間がかかるかもしれないが、許せなかったことが、許したいと思える人間になりたいとか考えられるようになれるのもしれない。

理由が解らないまま、突然いのちを奪われるテロは、決して正当化することは出来ない。

だからといって、正しい正義の戦争などは、どこにもあり得ない。

平和すぎる日本では、とても想像できないことだ。

でも、相手に想いをはせる、相手を想像が出来る人間に、いつでもいたいと思う。

相手への想像力があり、お互いの違いを認め、理解し合おうと努力することが出来る人間になっていたいと思う。

とても印象深い番組だった。

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