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10 月 26 2002

二つの紅いあめ玉

Published by webmaster at 13:21:36 under ことばの杜

こ、空いとろうか?」

通学中の電車の中。

どこか懐かしい、聞き覚えのある声に、高校生の歩美は、読んでいた本から声の方向へ視線を移した。

「はい。あっ!!」

一瞬、歩美の息が止まり、床に本を落としてしまった。

歩美が驚くのも無理はなかった。

歩美に声をかけたのは、ちょうど一年前に亡くなった歩美のおばあさんだった。

小柄な、腰をかがめた白髪のおばあさんが、どこまでも優しい笑顔で、そこに立っていた。

「隣の席、空いておろうかのう」

歩美は、パニックになっていた。

自分の隣に置いてあった鞄を急いで膝の上に置き、席を空けた。

おばあさんは、「うん、うん」と二・三回頷くと、ちょこんと歩美の隣に、並んで座った。

しわくちゃな、にっこり笑顔を浮かべながら、まるでダンスでもしているかのように、電車と一緒に楽しく、ゆらりゆらりと揺れていた。

「ほれ。大切な本を落として、あかんぞよ」

おばあさんは、さっき歩美が床に落とした本を拾い、大事そうにさすって、本に付いた汚れをはらうと、歩美に手渡した。

さっきからずっと、おばあさんの顔を見つめたままでいた歩美は、おばあさんの声にハッと気づくと、ゆっくりと本を受け取った。

その手は、ガタガタと震えていた。

おばあさん子だった歩美にとって、いま亡くなったおばあさんと一緒にいること自体、夢の中なのか、とても信じることが出来なかった。

だから、思いっきり右脚をつねった。

「あっ、痛っい!!」

「本当に可愛い子じゃのう。ほっほほほ」

歩美は、自分の右脚を力を入れすぎてつねってしまったことが、とても恥ずかしかった。

しばらくの間、静かな時間が流れた。

おばあさんは、相変わらず電車と一緒に、歩美の隣で楽しそうにゆらり、ゆらりと揺れていた。

「これ、どうじゃ。食べんかのう」

突然、おばあさんは、二つの赤いあめ玉を歩美に差し出した。

「あっ、ありがとう。いただきます」

歩美は、まだ震えている手で、赤いあめ玉を一つ手に取ると、遠慮がちに口の中へ入れた。

口の中いっぱいに広がるリンゴ味の少し酸っぱくて、ほどよく甘いあめ玉を味いながら、少しずつ気持ちが落ち着いていった。

その時だった。

歩美が落ち着くのを待っていたかのように、おばあさんが話しかけてきた。

「学校は、楽しいかのう。お友達とは、仲良くしてもらっとろうかのう」

「最近、私ね。いつでも自然な私でいられる友だちが一人できたから、とても毎日が楽しいよ。もう一人じゃないから・・・」

「ほう、それは良かったのう。ほっほほほ」

おばあさんは、こころから安心したかのようだった。

歩美は、思い切っておばあさんに尋ねてみた。

どうしても、おばあさんのことを確かめたかった。

「おばあさんって、私のおばあさん?」

おばあさんは、それには何も答えず、歩美の両手を取ると、そっと包むようにして握りながら、優しく穏やかに話した。

「これで、おじいさんのところへ行っても、大丈夫じゃのう。歩み、美しく。なぁ、歩美。元気でのう。頑張るんじゃぞ。ほっほほほ」

どこまでも優しい笑顔を浮かべたおばあさんは、すーっと、ゆっくり姿が消えていった。

歩美は、自分のことを何よりも心配して、亡くなったおばあさんが、自分の前に現れくれたのだと思った。

「まっ、待って!! まだ私は、いっぱいおばあさんと話がしたいんだよ。いっぱい、いっぱい話すんだ。待って、おばあさん!!」

歩美の瞳からは、涙があふれていた。

「歩美? 駅、着いたよ。降りるよ」

歩美は、一緒にいた友人に起こされていた。

「えっ! 私のおばあさんは?」

「なに寝ぼけているのよ。怖い夢でも見たの? 泣いてるよ。おばあさんなんて、さっきから乗っていないよ。さあ、降りるよ」

「だって、いまここに私のおばあさんが!!」

そう歩美が言いかけた時、歩美の手には、おばあさんの手の温もりとともに、紅いあめ玉が一つ、残っていたことに気が付いた。

紅いあめ玉。

それは、亡くなったおばあさんが、よく歩美にくれたものだった。

その紅いあめ玉を口に入れると、歩美は、どんなに落ち込んでいても、不思議と元気になった。

「本当にありがとう。私は、もう大丈夫だよ。頑張って、歩いていくよ。おばあさんがつけてくれた名前に、負けないようにね」

誰に言うでもなく、小さな声で自分自身に確かめるようにそう言うと、歩美は、紅いあめ玉を口に入れた。

歩美のこころいっぱいに、甘酸っぱいリンゴの味が、どこまでも優しく広がっていった。

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