関東用老人ホーム情報センター

4 月 01 2001

『性』と『生』

Published by webmaster at 10:41:11 under ことばの杜

四月になった。

入学式、入社式、新しいスタートを切るには、ちょうどいい季節。

春には、本当によく似合うと思う。

今年、社会福祉系大学へ入学するという学生からメールをいただいた。

ホームページを見ての感想が書かれていたが、これと一緒に、こんな質問が書かれていた。

「学問としての社会福祉って、何ですか?」

それまで、少し期待し、口元をゆるめがちにメールを読んでいたのだが、この難しい質問に思わず顔が強ばってしまった。

一応、社会福祉を学んだが、不真面目な生徒だったからなのか、はっきりと答えることが出来ない。

いまだに、よく解っていないことが多い。

でも、メールには、何とか返事を書かなくてはいけない。

難しい質問だったが、いろいろ考えて、こんなふうに答えた。

「社会福祉は、社会とのつながりの中で人を知って、人について考える学問」

苦し紛れの答えしか出来なくて、もっと真面目に勉強をしておけばよかったと、あらためて後悔してしまった。

『社会福祉』を英語では、『SocialWelfare』という。

さらに、これを分解すると、『Social』は「社会」、『Wel』は「よりよく」、『fare』は「生きる」となる。

つまり、『社会の中で、よりよく生きること』。

それが、『社会福祉』であるようなことを、うる覚えだが学生の時に学んだように思う。

正しい定義ではないが、何とかこれまで学んだことが無駄でなかったのかもしれない。

メールの最後には、この答えが正しいものかどうか、時間をかけて学んでほしいと、言い訳気味に付け加えて、メールを送信した。

『社会とのつながりの中で、よりよく生きること』

何をもって、『よりよく生きる』というのかは、個々人によって違いがある。

『よりよく』の多くの中で、『人間の三大欲』ということになると、あまり個人差がないように思う。

つまり『物欲』、『食欲』、そして『性欲』だ。

最後の『性欲』ということは、大切な問題であるが、あまり社会福祉の中で取り上げられる機会が少なかった。

もう少しいえば、タブー視された問題だった。

ハンディキャップを持つ人たちやお年寄りの『性』については、嫌悪感とともに抵抗感がある。

日本特有の『性』に対する価値観や文化、男性や女性という性別による役割分担が、ハンディキャップを持つ人たちやお年寄りの『性』をタブー視した原因であることも考えられる。

しかし、それとは別に『介護』に関わる原因もある。

ハンディキャップを持つ人たちやお年寄りが日常生活を送る上で、どうしても『介護・介助』は切り離せない。

トイレや入浴などの介護や介助をおこなうとき、介護を受ける人たちに『男性』とか、『女性』とかを意識していたら、その人にとって必要な介護や介助を提供できなくなってしまう。

介護をする側、受ける側のどちらにとっても、抵抗感と嫌悪感、羞恥心の間で、強く揺れ動く。

『男性』でもなく、『女性』でもなく、『中性』的な存在として、ハンディキャップを持つ人たちやお年寄りは置かれていた。

『中性』的な存在は、『人畜無害』な存在となり、ハンディキャップを持っている人たちやお年寄りのありのままの存在は、否定的になる。

『中性』的な存在『人畜無害』な存在そうであっても、やはり生きている限り『性』があり、男性は『男性』として、女性は『女性』として、最後まで生きていたいと思う。

それは、介護や介助を受けている分、とても贅沢なことなのかもしれない。

でも、『男性』として意識することが、『女性』として意識することが、自分自身を意識することにつながり、『生かされる』のではなくて、『自分自身で生きている』と実感できるようになると思う。

以前、こんなレポートを読んだことがある。

『風俗産業』を利用したハンディキャップを持っている人たちの体験記である。

『風俗産業』といえば、そこで働く人たちの意思に関わりなく、『アングラな世界』。

他の産業と同じようにビジネスとして、それぞれの自分自身をかけて、いまを必死に生きている人たちがいる世界だと思う。

むしろ、『アングラな世界』というのは、人のこころの中にあるのかもしれない。

そんな『アングラな世界』だからこそ、社会的に認められることがなく、より厳しいビジネスだからこそ、直接的に跳ね返る必要以上のリスクからは、どうしても避けたかった。

だから、これまでハンディキャップを持つ人たちとは、無関係でいた。

一般社会のバリアよりも、より厳しいものがあった。

それは、当然のことだと思う。

しかし、最近、『風俗産業』においても、少しずつ『バリアフリー』になりつつあるらしいという。

店舗の施設・設備面やスタッフ教育など、バリアフリー化が進められている。

なかには、介護資格など持ったスタッフを揃えた、ハンディキャップを持った人たち専門の風俗産業まで現れている。

この他にも、ハンディキャップを持った人が利用したことをきっかけに、バリアフリー化を考えている店舗もある。

また、タバコを注文された利用客から、タバコのラベルだけを集め、車いすを寄付しようと、スタッフ全員で取り組んでいる店舗もある。

最近では、インターネットを通じて、風俗産業のバリアフリー情報を得る機会も増えつつある。

長引く不況の中で、新しい市場開拓ということなのかもしれないが、積極的な印象をうける。

でも、すべての風俗産業がバリアフリーとなりつつあるとは限らない。

保守的な部分も強く、危険性が高い。

人のかかわりが強い産業だけに、きれい事ではない感情が動く。

特に社会性も、『性』に関する情報を得る機会にも乏しいハンディキャップを持った人たちには、より危険性が高くなる。

だからこそ、自分自身のことも、ハンディキャップのことも、社会のことも、すべて理解した上で、自己責任が取れるだけの『大人』として振る舞うことが絶対条件となる。

一時の安易すぎる選択は、取り返しのつかないリスクを、自分自身だけではなく、その周りの者も背負うことになってしまうからだ。

こうした風俗産業を利用したハンディキャップを持った人たちは、「利用して、本当によかった」とレポートに書いている。

そして、こんな言葉が印象的だった。

『たった90分間だけど、男性になることが出来た』

この言葉の背景には、何があるのだろう。

中性的で、存在感もない日常生活から、『男性』としての自分自身の『性』を取り戻して、自分自身の『生』としての存在感を実感したかったのだろうか?

社会的には、どんな理由があるにせよ、非難されても仕方がない行動なのかもしれないが、同じハンディキャップを持っている一人として、また同じ男性として、本当によくわかるし、重い言葉だと思う。

風俗産業を話すとき、『性の搾取』だという深刻な問題がある。

確かに『性の搾取』は、搾取される人の『人間性の否定』になる。

それは、もう人ではなく、『モノ』としてしか、相手を見なくなることだ。

金銭的な介在となれば、人への感覚は、もうないと等しくなる。

『人間性の否定』において、日ごろ、人からの感覚が敏感になっているハンディキャップを持っている人たちであっても、人への感覚は麻痺し、なくさせてしまう。

何をしたとしても、何もかも許されてしまう、ハンディキャップという『免罪符』を持っているのだから、余計に人への感覚が麻痺し、なくし、より傲慢な自分となる。

また、特に女性にとっては、『受胎』という直接的に『いのち』にかかわることがあり、より弱い立場で、大きな暴力的な被害を受けることとなり、一時的な欲望処理の傾向が強い男性とは、違う意味において、より深刻だと思う。

だからこそ、風俗産業をなくしていくことが『人間性の回復』であり、風俗産業を強く否定する考えの人が多い。

まして『男性』でも、『女性』でもない『中性』的な存在に見られがちなハンディキャップを持っている人たちの風俗産業の利用となると、強い拒否反応を示す人が多いと思う。

「自立も出来ない半人前のくせに。。。」

そんな声は、社会福祉に関わる人たちにもあるのは、確かだ。

それは、ごくごく当たり前のことなのかもしれない。

なぜなら、それまで『中性』的な存在であったハンディキャップを持っている人たちが、いきなり自分自身の『性』を主張しても、嫌悪感しか残らないのは、よく理解できる。

ただ。。。

『90分間だけの男性』

『たとえ、その時間内であったとしても、自分自身の性を取り戻し、「男性」になれる』

『それは、「障害者」という枠を破壊した「バリアフリー」の中で、本当の自分自身を取り戻し、自信につながり、生きる力となる』

『でも、タイムオーバーすれば、「男性」であって、「男性」ではなくなる「中性」的存在に帰ってしまう「障害者」の自分自身』

「利用してよかった」という言葉には、最上級のこころからの感謝の言葉として生まれたものだと思う。

たとえ、それがビジネスだったにせよ、『男性』として接し、『男性』であることを認め、そのままの自分自身を受け入れてくれた『人』に対しての・・・。

それは、『男性』という文字を『人』として置き換えても、同じ意味になる。

同時に、自分自身の『生』への実感をも確認できたのではないかと思う。

迷惑な話であり、身勝手すぎる考えではあるが、そう強く感じた。

社会とのかかりの中で、よりよく生きることが『社会福祉』を考えていくことであるならば、『性』に対する問題もまた、避けて通ることができない。

『性』は『生』へとつながる。

これもまた、『人間性の回復』になる。

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