11 月 29 2000
さりげない手法
日曜日のことだ。
他局での特集番組を見終わり、途中から「日曜洋画劇場」へチャンネルを切り替えた。
映画は、核兵器搭載の潜水艦を舞台としたドラマだ。
国家の思惑、潜水艦乗組員たちそれぞれの思惑、いろいろな思惑が複雑に絡んだドラマで、なかなか面白かった。
チャンネルを切り替えたとき、すでに映画は前半部分が終わり、中盤へとさしかかるところだった。
映画を見始めて、五分もしないうちにコマーシャルとなった。
コマーシャルは、音楽や映像など、細かいところまで創意工夫が考えられていて、見ていて飽きない。
たまにコマーシャルの間、トイレタイムになったり、他の番組へ切り替えたり、コマーシャルを見ていないとき、見たくないときもある。
でも、なかには、見逃せないコマーシャルもある。
この日も、あるコマーシャルに興味を引かれ、見逃せなくなってしまった。
そのコマーシャルは、某外資系コーヒーメーカーのコマーシャルなのだが、身体にハンディキャップを持った人を登場させていた。
身体にハンディキャップを持った人は、そうではない俳優が演じているものかは定かではない。
ここまでなら、同じようなコマーシャルが沢山作られているから、とくに興味をもつことはなかった。
しかし、その登場方法が、なんともお洒落で、なんともさりげなくて、ぜんぜん違和感を感じることがなかった。
ハンディキャップを持たない人たちの中にハンディキャップを持った人を、自然に溶け込ませているように思えた。
これまで見たこのメーカーのコマーシャルは、2パターンある。
一つ目のパターンは、黒い革ジャンを着た若者たちが、オートバイの近くで談笑している様子を映しながら、若者たちの足下の方へカメラを移動させていく。
すると、その若者たちの中に、車椅子を使っている仲間がいて、その車椅子が大きくアップされるというものだ。
このとき見た二つ目のパターンは、仲の良い恋人同士がソファーに座り、楽しそうに話しているのだが、彼の膝に点字で書かれた本がある。
どうやら彼は、膝に置いた点字の本を指で読みながら、その内容を彼女に話し、それに対して彼女が笑っているものだ。
二つのパターンとも、「ハンディキャップ」を全面に押し出していない。
むしろ、どこにでもある風景の中に、たまたまそこにハンディキャップを持った人がいたという設定のように思う。
必然性ではなく、自然に感じた。
どちらも作られたコマーシャルなのだが、本当にさりげない手法だと思う。
その『さりげなさ』の中に、自分自身の存在までも、まだ許されているような気持ちになった。
何となく安心感を感じ、ほっとするコマーシャルだった。
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