8 月 19 2000
タイム・ラグ
「ねえ、ねえ。最近、智子。また、インターネットを始めたって、ホント? そんでもって、かっこいいメル友もいるんだって? いったい、いつからなのよ。ねぇ…」
昼休み、ランチを食べながら友人たちは、その話題で勝手に盛り上がっている。
それとは別に、私は、ひとり黙々とサンドイッチをほうばっていた。
「『元気ですか?』、かぁ…」
私は、オレンジジュースを飲みながら、三日前に届いたメールを思い出していた。
「何よ、それ? 智子、いま一人の世界に入っていたぞ。何かいいことでもあったのな。正直に白状してみ?」
「べっ、別に何もないわよ。ほら、早く食べないと、お昼休み終わっちゃうよ」
「わっ、大変だぁ。この続きは、仕事が終わってからね。絶対に白状させてみせるから、どこかへ逃亡なんかするなよ」
友人たちは、急いで食器を片づけると食堂を出ていった。
「『元気ですか?』、かぁ…。よぉっし。午後からの仕事も頑張るぞぉ」
私は、自分の職場へと戻った。
午後五時。
定時に仕事を終わらせると、私は、急いで帰り支度を始めた。
他の同僚たちは、まだ仕事の途中で、そんな中を「お疲れさまでした」と挨拶しながら、自分だけが一人帰るのは、やはりこころ苦しかった。
「智子!もう帰るの? さては、お主。逃げる気だな」
ちょうど入り口のところで、一緒にランチを食べた友人に捕まってしまった。
「そんなんじゃないよ。ただ、仕事が速く終わったから帰るだけだよ」
私は、嘘をついてしまった。
仕事は、まだ残っている。
本当なら、一時間ぐらい残業をして、仕事を片づけなければならないところだった。
「嘘つけぇ…。早く帰っても、待っている人なんていないくせに…」
近くで私たちの会話を聞いていた別の友人が、いままで私と話していた友人の服の裾をつかむと、厳しい表情で思いっきり引っ張っていた。
服の裾を引っ張っていた友人が、何を伝えようとしていたのかは、もう解っていた。
「あっ!智子、ごめんね。私は、別にそんなつもりで言った訳じゃないからね」
何か取り返しの付かないほど、私のことを傷つけてしまったかのように、その友人は、必死になって謝っていた。
「いいよ、全然気にしていないから…。だって、あの事故から、もう一年も過ぎているんだよ」
私は、いつもとかわりのない笑顔でその場を去ろうとしていた。
「待って、智子!」
「いやだよ。今日は、待てないんだ。それに、今日はね。アイツが私の部屋で待っているんだ。じゃあねぇ」
何か友人たちが言っていたが、私は、友人たちに手を振りながら会社をあとにした。
家に帰った私は、すぐにシャワーを浴びた。
一日の疲れが、お湯と一緒に流れていく。
肩の力か抜け、ホッとする一瞬。
いつもなら、シャワーから出ると、すぐに冷蔵庫から冷やしておいた缶ビールを飲むのだが、今日は違う。
久しぶりに、デートのときのように綺麗に着飾ってみよう。
そして、あの時のように二人で、いろんなことを話してみよう。
話しがしたい。
話が聞きたい。
でも…
その前に
もう一度…
私は、テーブルに置いてあったノートパソコンを立ち上げると、三日前に届いたメールを開いた。
『智子へ 元気ですか?』
優しいアイツの笑顔が、はっきりと見えている。
「わたし?私は、元気だよ。そっちは?」
誰もいない部屋の中で、パソコンに向かって、そう呟いていた。
私は、もう涙が止まらなくなっていた。
一年間のタイムラグ。
ちょうど一年前、アイツが私にくれた最後のメール。
一年という時間をかけて、三日前に届いたアイツからの最後のメール。
優しいアイツの笑顔は、いまはもう見ることが出来ない。
でも、今夜は…
一年前へと私からタイムラグをする。
「本当に元気だよ、ほら? だから、ちょっと待っていて。すぐ着替えてくるから…。ついでに、缶ビールも持ってくるね。最近、やっと飲めるようになったんだよ。ほらね。本当に元気になったでしょう。強くなったんだから…」
涙の中のアイツは、優しく笑っていた。
今日は、アイツの命日。
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