関東用老人ホーム情報センター

7 月 02 2000

Time Capsule

Published by webmaster at 10:13:06 under ことばの杜

1980年、昭和55年。

いまから、ちょうど二十年前のことである。

政治、宗教、人種を越え、子どもたちの人権について考え、子どもたちをあらゆる災いから守り、しあわせに育てていこうと、国際的なうねりとして高まった。

国際児童年である。

いろいろな記念行事が、日本でも行われた。

当時中学二年生だった私も、その記念行事に参加していた。

もう、随分昔のことだから、はっきりと覚えていないが、住んでいた市内の小中学生が集まり、演劇などを発表した文化祭をした記憶がある。

その文化祭の裏方として、何かしていたと思う。

他の人の邪魔になるばかりなのに、文化祭の進行表を抱えながら、一人前の顔をして、うろうろと舞台裏などを動いていた姿が容易に想像できる。

いや、一人では、何も出来もしないのに、何でも自分でやろうとする自分の性格からして、多分そうであっただろう。

今年、2000年5月5日のこどもの日。

国際児童年の記念行事の一つとして、中学校の片隅に埋められてあったタイムカプセルが開けられた。

タイムカプセルを開く瞬間には、立ち会うことが出来なかったが、そのタイムカプセルに入っていた、その当時自分が書いた『二十年後の自分』という作文を頂いた。

変色もなく、保存状態もとても良い二百文字詰めの原稿用紙だった。

原稿用紙を開き、見た瞬間、いま私が書いている文字も、文章よりも、とてもうまかったことに気づかされた。

大人になるにつれて、体力も、思考も、退化の一途を辿っているらしい。

文章を読んでいくうちに解ってきて、退化の道を歩んでいる自分を見せられているようで、また懐かしさと恥ずかしさで気持ちが一杯になり、一人声を出して笑ってしまった。

二十年前の自分自身。

現実と向き合い、素直に受け止めようとしながら、少年らしい夢や野心を持ち、無謀すぎることであっても挑戦しようと、実現をさせようと、何とか頑張る『ボジティブさ』があった。

しかし、いまは、それがない。

ものわかりのいい大人になったのかもしれない。

自分自身を冷静に見れるようになったということなのかもしれない。

失敗することの恐さを知ったのかもしれない。

けれど、悩みの中であっても、決して忘れなかったあの頃の『ポジティブさ』が、いま必要だと思う。

あの時の自分自身。

もう一度、逢おう。

あの時書いた二十年前の自分自身の想いは、何も実現することができなかったが、もうこれ以上、退化した自分自身にならないためにも。。。

『二十年後の自分』

二十年後というと僕は、一人立ちをしているだろうか。

どんな仕事をして、どこに住んでいるだろうか。

1980年2月18日現在、薬剤師か、機械関係の仕事へ行きたいなって思っている。

2000年5月5日、○○○市は、どうなっているだろうか。

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