関東用老人ホーム情報センター

1 月 30 2000

「思う」と「想う」

Published by webmaster at 12:49:17 under ことばの杜

「思う」と「想う」

どちらも「おもう」と読むのだが、微妙に意味合いが違うように考えている。

「思う」は、頭の中で考えること。

「想う」は、こころの中で考えること。

と、そう区別できるのかもしれない。

もう少し言えば、「思う」は、どんな状況であっても、どこか冷静な自分自身がいて、目の前で起きていることや、これから起きようとしていることを、あれこれと分析し、対応しようとしている。

これとは、対照的に「想う」は、悲しいことや嬉しいこと、そのままの自分自身が深く感じていることを、ストレートに表現しようとしている。

だとしたら「想う」の方が、より自分自身の身近なところで、正直に考えようとしているのかもしれない。

日本語は、本当に難しいものだ。

阪神・淡路大震災が起きて、5年の時間が経過した。

ビルや街の様子は、以前のように戻りつつあるが、人のこころの深いところは、まだまだ癒されていない。

神戸の方々、一人ひとりにとっての本当の時間は、五年前の地震が起きてしまった時刻から、少しも進んでいないのかもしれない。

その大震災の時に使われた仮設住宅が、いま国際援助として使われているようだ。

大震災が起きた1月17日、防災を考える特集番組の中で、そう伝えられていた。

番組では、昨年発生したトルコや台湾での大地震で、日本から送られた援助物資の使われ方、援助方法などを、日本と同じように援助物資を送った外の国々との比較で検証されていた。

番組の最初の方では、援助物資として送られる仮設住宅が、神戸港から船積みされている様子や、トルコへ到着し現地の人と協力して、仮設住宅を組み立てている日本の人たちの様子が映し出されていた。

お金だけ出して、あとは何もしないと、海外から批判を受けていた自分の国が、ものと人を出して相手を助けようとしていることを知り、少し誇らしく思った。

だが、日本から送られた仮設住宅には、冬までに入居できる予定だったたが、いまだに大多数が使われていない。

むしろ、まだ内装工事の真っ最中だったり、組み立てられることもなく、仮設住宅の部品が船積み用コンテナに入れられ、野積みにされていた。

「何故だろう?」と思いながら、次第に番組へ引き込まれていく。

理由は、こうだった。

仮設住宅を送るとき、日本とトルコの政府同士で話し合いが行われ、それぞれの役割分担が決められた。

日本の役割は、仮設住宅の運搬と組み立てを行なうときの技術指導までだった。

数日間の技術指導を終え、あとは、どこに建設するか、建設要員の確保など、ほとんどトルコ政府が計画を立て、行なわなければならなくなってしまった。

トルコの人たちによる日本の仮設住宅の建設が始まる。

ところが、送られた仮設住宅は、そのままでは使えなかった。

電気や水道管の規格の違い、ふすまなどの間取りの違い、そして、日本の冬よりも寒い気候の違いなどがあり、大幅に仮設住宅を、一つひとつ改装しなければ、トルコの人たちは住めなかった。

テントでの暮らしが長くなり、心身ともに疲れ切っている。

一日も早く、しっかりとした建物の中で寒さをしのがなければ、いのちの危険にさらされる。

季節は、厳しい冬となっていたが、日本から送られた仮設住宅は、トルコの人たちを見事に失望させてしまった。

仮設住宅を送りだした神戸やその他の日本の人たち、多くの想いに反して・・・。

神戸の仮設住宅が、大地震の被害に遭ったトルコへ送られたということは、以前新聞で読み、知っていた。

きっと、うまく使われていることだろうと思っていた。

しかし、実際、そうではなかったことに重たい気分になる。

番組は、二、三人の出演されている方のコメントを紹介したあと、さらに続いた。

今度は、日本と同じようにトルコへ援助物資を送った他の国々のことが紹介されていた。

紹介された国は、ドイツとイスラエルだった。

二つの国とも日本と同じように、仮設住宅を援助物資として送っていた。

ドイツは、海外援助専門のNGOが中心となり、まずトルコへの援助方法として、どんな方法が一番いいのか十分に調査した。

その結果、仮設住宅をドイツから送るよりも、トルコ現地で買い求めた。

これは、トルコ現地で仮説住宅を買って、用意したほうが、トルコの気候や住宅の規格もあっているし、低コストになる。

仮設住宅の建設には、現地の人たちを募集し、短期間で建設をしてしまった。

また、仮設住宅が出来てからも、ドイツのNGOが仮設住宅の運営、医療スタッフなど、アフターケアを行なう常駐のスタッフを置き、トルコの人たちの対応にあたっていた。

もう一つの国イスラエルは、仮設住宅をはじめ、その建設要員まで、一斎をイスラエルから用意した。

100人以上のスタッフを送り込み、援助物資を送った他のどの国よりも短期間に、イスラエルから運んできた仮設住宅をトルコの気候や風土に合わせて改装し、完成させた。

それだけではなく、仮設住宅を建てたあと、テント生活をしているトルコの人たちが、すぐにでも生活が出来るようにベットやソファーなどの家具、鍋や包丁などの料理用品、冷蔵庫やテレビまで、すべてが揃えられていた。

また、仮設住宅を建設した場所を、一つのコミニュティと考え、道路、電気や水道、病院や学校までも整備してしまった。

もちろん、ただ作ったというだけでなく、ドイツと同じようにアフターケアのため、それぞれの専門スタッフを常駐させている。

これだけでも日本と比べると考えさせられてしまうのだが、さらにイスラエルは、どの地域に仮設住宅が必要なのかということだけをトルコ政府と話し合っただけで、その後のこと一切合切は、すべてイスラエルの責任で行なったという。

ただでさえ、震災直後の混乱し、その対応に追われているトルコ政府に余計な負担をかけないようにするというイスラエル側の配慮だった。

「思う」と「想う」。

相手を支えようとするとき、相手の立場、相手のことを、どれだけ「おもい」やられるかが鍵となる。

「おもい」やることが出来なければ、相手にとっては、とても迷惑なことだし、いかにも自己満足で、傲慢な行為となる。

とても難しいことなのかもしれないが、真摯的に、本気になって、相手のことを「思い」、「想い」やることが大切だろう。

頭とこころ、全身を使って・・・。

被害に遭われたトルコの人たちのことを「思い」、「想う」ことが出来なかった日本の援助。

特集番組を見終わったあと、重たい気持ちのまま、他の番組へとテレビのチャンネルを変えた。

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