1 月 12 2000
Thak You の一言が言えなくて。。。
そろそろ秋も終わろうとしていた、ある日のこと。
歯の治療を終え、いつもよりも早く駅に到着した。
帰宅時間を考えながら、列車の発車時間を確認する。
一本前の普通列車をやめて、その後発の快速列車にすれば、約二時間の列車待ちとなる。
急ぐ理由もなく、行きつけの駅構内にある食べ物屋に向かった。
自分にとっては、歓迎すべき待ち時間となる。
店の中に入ると、夕方仕事帰りのビジネスマンやら、列車の出発時間を待っている客で、かなり混雑していた。
顔を覚えてくれていたらしく、入り口から一番近い席へ他の客よりも優先的に店員が案内してくれた。
その席は、店中央にある四列の二人用席で、入り口から三列目のところだった。
座った席の両隣には、すでに客がいた。
向かい側の空いた席に荷物を置きながら、両隣の様子をうかがう。
左側には、一人でビールを飲みながら、列車の出発時間を待っているビジネスマン。
右側には、旅行の途中であろうアメリカ人の老夫婦。
左側にいるビジネスマンは、いつものことなので、そんなに気になることはないのだが、右側にいるアメリカ人の老夫婦には、やはり気になり、知らない間に少し緊張してしまう。
あまり右側から話しかけられたくはないと思っていた。
席に着くと、そんなことはないと思いつつも、すでに頭の中では、万が一、話しかけられたときを想定して、知っている限りの英単語を並べ、あれこれと英文を作っていた。
落ち着きもなくしていると、店員がオーダーに来た。
店員からメニューを受け取ると、あれこれと何にするか考えながら、手掴みでも食べやすいつまみと、ビールを注文する。
料理を待っている間、右側のアメリカ人の老夫婦は、お互いに英語で話しながらも、話しの合間にチラチラとこちらを見ているのが、よくわかる。
意識しないように思ってはいたが、どうしてもアメリカ人の老夫婦が、いつもより自分も気になってしまう。
お互い様なのかもしれない。
身体に重たいハンディキャップを持っている自分自身にとって、ある意味で他の人から見られるということは鍛えられている。
いや、そうならざるを得なかった。
自分でも、意識過剰だと思う。
身体的なハンディキャップなんて、それほど気にすることもないだろう。
むしろ、身体的なハンディキャップを気にしすぎて、自分自身を見失うことの方が、どれだけ怖いことか。
あとから後悔してしまうことが、いつものことである。
だからなのかもしれない。
相手の人が興味本位か、好意的か、またそうでないのか、どんな気持ちでこちらを見ているのかが、瞬間的にわかってしまう。
鍛えられている証拠。
自己防衛本能と思う。
アメリカ人の老夫婦のそれは、好意的なものに感じた。
一方、左側にいるビジネスマンは、興味はあるものの「見ては失礼」ということであろう。
先程から、こちらを見ぬふりをしている。
あまり拘わりたくない、どう拘わっていいのか戸惑っているという意味合いが強い、日本的な「見ぬふり」だった。
しばらくして、オーダーの品物がテーブルに運ばれてきた。
店員が慣れた手つきで、つまみとビールのジョッキが並べられた。
そして、胸ポケットから先の曲がるストローを取り出すと、当たり前のようにさりげなくビールのジョッキーへ突き刺した。
自分にとって、手でコップを持ち、こぼさないで飲み物を飲むという行為は、なかなかの至難の業だ。
どうしても、飲み物を飲むときは、ストローが必須アイテムとなる。
ストロー付きは、何度か通っている中での店側の優しい配慮だった。
ストロー付きのビールのジョッキ。
これには、両隣とも予測できなかったことらしく、とても驚いた様子だった。
不思議な組み合わせに、それを運んできた店員が間違えたのではと思ったことだろう。
そんな視線を感じながらも、まずストローでビールを一口。
余計な緊張からかのどが渇いていたこともあり、よく冷えたビールが口の中から食道を通って、胃の中へ落ちていく様子が感じられる。
身体中の力が、ふぁっと抜け落ちていく。
どこで幸せを感じるときを尋ねられたら、間違いなくあげる瞬間である。
二口目へと飲み進んでいく内に右側のアメリカ人の老夫婦は、本当に目を白黒させて驚いていた。
ただでさえ、他人の目を引きつけてしまうのに、美味しそうにビールを、 しかもストローでグイグイと飲んでいる。
アメリカ人の老夫婦が驚くのも、無理からぬ話だ。
ビールを飲むごとに、それまでの会話を中断したまま、目を白黒させていたアメリカ人の老夫婦の視線は、 こちらに釘つけとなっていた。
そして、優しい笑顔を浮かべていた。
一杯目のビールも、そろそろ底をつきかけ、時間を気にしながらも二杯目を 注文しようとしたときのことだった。
目的の列車の出発時間が来たのか、右隣のアメリカ人の老夫婦は、コーヒー代を支払おうと店員を呼んでいた。
すぐにやって来た店員は、何やら英語でアメリカ人の老夫婦と話している。
「お勘定」と言うだけなら、そんなに長い文章にならないはずなのに、こちらに聞こえてくる店員との会話は、結構長い。
店員の表情を見ると、相手の話しているのか解らず困っている様子だった。
あまり意識して聞いていなかった会話だったが、ところどころ聞こえてくる会話の内容から、どうやら自分と関係があるらしい。
アメリカ人の老夫婦は、自分たちとこちらを代わる代わる指さして、店員にお金を渡そうとしていた。
「えっ?」
急に指を指され、ことの成り行きが解らず、一挙に酔いから醒めていく。
いくら話をしても、こちらの意志が店員に伝わらないと思ったのだろう。
アメリカ人の老夫婦は、私のテーブルにあった注文票を持つと、自分たちの注文票と一緒に店員に渡していた。
どうやらアメリカ人の老夫婦は、御馳走してくれるというのだ。
アメリカ人の老夫婦の想いを、何となく理解したのだろうか。
アメリカ人の老夫婦に会釈をすると、店員は、二つの注文票を持ってレジへと戻って行った。
残された私は、アメリカ人の老夫婦の好意をどうしたらいいか、受けるにしても、受けないにしても、 どんなふうに話したらよいのか解らずにいた。
何の関わりもない、見知らぬ人からのこうした好意は、本当にためらってしまう。
好意を受ける、受けない。
どちらにしても、よく相手の気持ちを想っての難しい選択になる。
間違えるわけにはいかない。
まず最初に、何度か首を振ったり、手を左右に振ったりして、アメリカ人の老夫婦の好意を遠慮した。
それを見たアメリカ人の老夫婦は、優しい笑顔で私の肩をポンポンと軽く叩くだけだった。
こちらの想いは、なかなか伝わらない。
何度やっても、優しい笑顔で頷き、ポンポンと肩を軽く叩くだけだった。
次は、レジへ行き、店員と話をする。
「本当にいいですか? お金は払いますよ」
「御馳走になればいいんじゃないですか」
店員も、笑顔でそういう。
こころの中では、「まぁ、いいかぁ」という気持ちと、「でもなぁ」という気持ちとで迷っていた。
むかし、ある居酒屋で同じようなことがあった。
そのときは、御礼の言葉を何とか相手に伝えることができた。
でも、今回の場合は、御礼の言葉を伝えることがかなり難しい。
「Thank You」の一言を言えたらいいのだが、言葉にハンディキャップを持っているため、日本語を話すときでさえも、見知らぬ外国語を話しているかのように聞こえてしまう自分だから、 相手に伝わる可能性は、より低いものとなる。
とうとう何も出来ず、そのままアメリカ人の老夫婦の好意におもいっきり甘えることとなる。
良かったのか、悪かったのか、それはわからない。
何度も頭を下げている私に、また優しい笑顔で頷きポンポンと肩を軽く叩くと、 そのアメリカ人の老夫婦は、支払いを済ませ店を出ていった。
日本とアメリカ。
文化も宗教も国民性も、大きく考え方が違う。
それは、よくわかっているが、あらためて人の優しさと言うことでは、万国共通であると思った。
何の色眼鏡もなく、自分を見てくれたアメリカ人の老夫婦。
むしろ、色眼鏡をかけていたのは、自分の方だった。
肩を叩いたアメリカ人の老夫婦の手の暖かさとともに、何だかこころから暖かくなった一日だった。
そして、本当に美味しい、忘れられない酒席となった。
Thak you so much
本当にありがとうございました。
Popularity: 13%
【関連記事】
《投稿記事ランキング》適当な★数でクリックしてください
《ソーシャルブックマーク》それぞれのアイコンをクリックしてください









