4 月 23 1999
「はやりことば」
その時々には、『はやりことば』が生まれる。
時代背景や生活様式が色濃く映し出される、その時間を代表する『ことば』だ。
そして、時が過ぎれば、熱が冷めれば、知らないうちに忘れ去られてしまう『ことば』だ。
しかし、『はやりことば』を聞けば、その時、自分は、何を想って、何をしていたのかが、よくわかる。
選挙の季節が終わった。
選挙期間中、こちらが意識して聞こうとしなくても、自然に耳に入ってくる『ことば』があった。
『ふくし』、『かんきょう』、『けいき』、『かいご』、『きょういく』などなど。。。
あまりにも同じ言葉が多くありすぎて、少ししか耳に残っていない。
政党の違いもなく、どの候補者も同じ。
まるで、一人の人に原稿を書いてもらったような感じがしてしまう。
それとも、タスキ、ハチマキ、ポスターと同じ、選挙のための必須アイテムの一つなのかもしれない。
『ふくし』といえば、一票が増え、『かんきょう』と連呼すれば、二票に増える。
候補者にとって、『打ち出の小槌』のような便利な『はやりことば』だ。
だからなのかもしれない。
日常生活を送る上で、とりわけ『ふくし』や『かいご』が生命線となる私自身には、 どうしても雑音にしか聞こえてこない。
A候補者は、『ふくし』という。
B候補者は、『かいご』という。
でも、私のこころまで届いてこない。
響いてこない。
残らない。
当選という候補者の『りえき』が見え隠れしてしまう。
人は、誰でも自身の『りえき』で動くことは、すごく当然なことだろう。
私自身もその一人なのだから。。。
今日、朝刊の片隅にひっそりと、「老夫婦、介護疲れで自殺」という記事が掲載されていた。
このお年寄り夫婦は、投票へ行っただろうか?
毎日のように候補者たちが言う『ふくし』や『かいご』の言葉を、どんな想いで聞いたであろうか?
そう、どんな想いで。。。
選挙が終わってから一週間。
いまは、『ゴールデンウイーク』という言葉をよく耳にするようになった。
これもまた、『はやりことば』の一つなのかもしれない。
でも、現実をよくとらえている『はやりことば』だから、よくわかる。
同じ『はやりことば』言葉であったはずの『ふくし』も、『かいご』も、 それを必要としている人たちの現実をとらえず、的はずれの使い方をしているものだから、やはり、選挙のための必須アイテムだけの『はやりことば』のようだ。
この国の『ふくし』も、『かいご』も、誰のためのもの?
本当に変わっていくのだろうか?
この『はやりことば』は、しばらく聞くこともなくなる。
また、いつものように静かになった。
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