2 月 27 1998
「…しかない」と「…がある」の違い
ハンディキャップを持っていると、何かと制限を受けてしまうのが、厳しい現実です。
車椅子でも、気軽に乗れるバスやタクシーがないから、自由に動けない。
階段や段差があるから、買い物にも行けない。
働く意志を持っていたとしても、その場がないから働くことが出来ない。
家族や周りの人たちに迷惑をかけてしまうから、自分の本当にやりたいことを諦めてしまう。
など、など。。。
そういう理由付けをしながら、いくつもの「生きていくための妥協」をしてきたように思います。
「生きていくための妥協」は、ハンディキャップを持った人たちの自然に身に付けた 「生き抜く技術」なのかもしれません。
最近、学生時代の先輩の結婚式があり、久しぶりに仲間たちが集まりました。その時、ある別の先輩と、こんな会話をしました。
先輩:本を作ったんだって。良かったな。
自分:はい。でも、これしかなかったんです。
いまは、どこでも不況ですから、働くには、とても厳しくて。。。
先輩:そうだろうなぁ。。。
でも、本当に「これしかなかった」と言えるのか?
「これがあった」んじゃないのか?
さっき、「これしかなかった」と言ったのは、照れ隠しが入っているんじゃないのか?
自分:照れ隠しは入っていませんよ。
先輩:「これしかない」と思っているのと、「これがあった」と思うのと、 この差は、とても大きいぞ。
自分:「これがあった」と言えるのは、これからの展開次第ですよ。趣味の領域ではなくて。。。
先輩:そうだな。ハンディキャップがある、ない。
いままで、この二つの世界の中で、他者と比べながら必要以上に苦しんだり、 哀しんだりしてきた。
でも、ふと気がついた時、ハンディキャップを持っていたからこそ、 良かったと思えることだって、たくさんあったように思う。
まだ、具体的に言えないが、きっとあると思うんだ。
それを見落としてきたために、無理をしてきたように思う。
だから、「これしかなかった」ではなくて、「これがあった」と聞き返したんだ。
本当に良い先輩です。
何年ぶりかで会ったにもかかわらず、しっかり見透かされていました。
「これしかなかった」。。。
「これがあった」。。。
これは、本当に大きな違いです。
さらに自分自身に問いかけながら、「こころの自縛」をゆっくり解いていかなければ。。。
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